銀の精霊・森の狂王・時々、邪神
「雫様、おめでとうございます。ほんに我らも嬉しく存じます」

「あ、あの、えっと、はあ……」

「おお、その後の体調はどうだ? 無理をしていないか?」

 ヴァニスが老婆に話しかけると、老婆は嬉しそうにヴァニスに答えた。

「はい。こんな不自由な体ではございますが、便利な生活のお陰で何とか暮らして居れますわい」

「そうか。それは何よりだ」

「王様は、我ら孤独な年寄りの救いの神でございます」

「余は神ではない。人なのだよ」

「さようでございましたなぁ」

 老婆は痩せた体を震わせ、明るく笑った。

 一人暮らしのご老人か。この世界で歳を取っての一人暮らしは、さぞかし難儀な毎日だったろう。

 周囲の援助にも限界があるだろうし、衰えた体を酷使しても、まともな生活には程遠かったに違いない。

「王様、見てくださいな! うちの店先を!」

 中年の女性が、広場の向こうの店を指差した。

 小ぢんまりとした店の前には、たくさんのお魚が所狭しと並べられている。

「亭主が海の事故で死んでから暮らしていけずに、首を括るより他に無いと絶望していたのに。今じゃ以前より売り物の魚の量が多いくらいです!」

 この人は、漁師のご主人を事故で亡くされたのね。

 女ひとり遺されて、収入が途絶えて生活できなくなっていたんだわ。

 でも今では、精霊が充分な量の魚を運んでくれる。

「ヴァニス様! この前の嵐で崩壊した我が家が、もうすっかり元通りになりました!」

 ひとりの少年と、母親と、その肩を抱く父親。

 三人家族が、仲良く並んで微笑んでいる。

「もうこれで子どもを野宿させずに済みます!」

「ありがとうございます、王さま!」

 男の子が元気な声でお礼を言った。
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