銀の精霊・森の狂王・時々、邪神
 頬に冷たい土の感触。ぼんやりとした視界に、赤く濡れた地面と雑草が見えた。

 自分の顔が、何かの液体に濡れているのが分かる。

 あの赤は、血、かな? あたしの?

 なんだか、空と地面がぐらんぐらん揺れて、女の子の泣き声が聞こえる気がする。

 あぁ、大丈夫だった? よしよし、泣かないで……。

 イフリートの咆哮。風の音。

 周囲の喧騒が、薄い膜に包まれたように遠く聞こえてくる。

 視界も、音もはっきりしない状態で、ふわり……と浮遊感を感じた。

 体、浮いてる? 誰かに、あたし、抱き上げられている?

 ぼやけた意識は、水に濡れた黒い生地と、金糸の刺繍と、緩やかなウェーブの黒髪を認識した。

 ……ヴァニス?

 体に全く力が入らない、指の先まで弛緩した状態で、あたしは自分の体が上下に揺れているのを感じる。

 ヴァニスに抱きかかえられて、運ばれてるんだわ。

「……待て」

 ヴァニスの背後から、苦しそうな声が聞こえてきた。

「雫を……どこへ連れて行く気だ?」

 ぴくんと、あたしの小指の先が何かを求めるように動いた。

 ジン、無事? 大丈、夫? 怪我は……?

「雫を……連れて行くな」

 ジンの姿が見たい。
 無事な姿を確認したい。

 でも、ヴァニスの体の陰に隠れて見る事ができない。
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