銀の精霊・森の狂王・時々、邪神
「雫……聞こえるか雫」

 風を感じる。かすかな風を。

 聞こえてる。聞こえているわジン。

 返事できなくてごめん。声……出ないの。

 でも、ちゃんと感じている。これは紛れもなくあなたの風。

 手に、足に、髪に、頬に、あたしを求めるように吹く、あなたの風を感じているわ。

 星の瞬く夜、焚き火に照らされ火照る頬を優しく撫でてくれた、あなたの風。

 あの時からずっとあなたは、あたしを求めていてくれたのね……。

「オレの……オレの雫に触るな!」

 振り絞るように叫ぶ、ジンの声。

「雫……雫…… しずくうぅ―――!」

 そして、激しく咽返る音。

 あたしの両目に涙が盛り上がり、ジンに名を呼ばれるたび、それに答えるように涙が零れる。

 そして風が……徐々に遠ざかる。

 足に感じていた風の気配が消え、手に触れていた風の気配も消える。

 人間の王に運ばれ、あたしはジンから遠ざかっていく。

 成す術が、無い。
 何も、何ひとつ分からないあたしには、黙って運ばれる以外にどうしようもできない。

 どうしようもできないの。どうすればいいのか分からないの。

 何が正しいのか、どうするべきなのか。

 どうしたいのかも、分からない。分からないの。

 許して……ジン……。


 最後に残った、前髪を揺らす風の気配が……消えた。

 感じない。もうジンの風を感じない。何も届かない。


 そしてついに、あたしの意識は途切れてしまった……。


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