銀の精霊・森の狂王・時々、邪神
「あたしはもう大丈夫だから、ヴァニスの所に行かせて」

「だめです。もう少し様子を見てからにして下さい」

「いま行きたいの」

「後にしてくださいな。後に」

「お願いだから邪魔しないで!」

「いい加減にしてください! 頭の中に血が残ってたらどうするんです!?」

「どうにでもなるわよ!! 人間、なせばなる!!」

「なりませんよ!! 何言ってんですかあんたは!!」

 侍女もあたしもどんどん興奮して、仕舞いには怒鳴り合いにまで発展した。

 一歩も引かずに健闘したけど、多勢に無勢で、結局あたしが折れることになった。

『ちょっとぐらい待っても、お兄様は消えて無くなったりしないから』

 って、マティルダちゃんに諭されてしまって……。

 兄に会いたくても会えずに、毎日じっと辛抱している健気な妹に懇懇と説得され、さすがに我に返って赤面した。

 いい大人が、これ以上我が侭も言えない。

 しばらく様子を見て、それで何も異常がなければ晴れて謁見が叶う段取りになった。

 かなり元気なあたしの様子を見て安心したのか、マティルダちゃんは侍女ひとりを残して自室に戻っていった。

 急に静まり返った室内で、あたしはおとなしく横になりながら、窓から外を眺める。

 ……この世界に来て、色んな事があった。

 あんまりありすぎて、正直ちょっと整理が覚束ないんだけど、それでも身に染みて分かったことがある。

 それぞれの立場の数だけ、それぞれの事実や、真実がある。

 正義も、罪も、事実も真実も、ひとつではないんだ。
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