銀の精霊・森の狂王・時々、邪神
 一瞬の間を置いて、あたしは無言で目の前の扉をパタンと閉めた。

 ……見なかった事にしよう。

 これはきっと幻覚だわ。やっぱりまだ本調子じゃないのね。体操は無理だったみたい。

 ラジオ体操はまた明日、朝日でも浴びながら再チャレンジしよう。

 そうやって無理やり納得しようと努力していたら、扉の向こうから幻覚が話しかけてくる。

「なぜ扉を閉めるのだ?」
「……」

 話しかけられてしまって、幻覚相手につい、素直に答えてしまった。

「あ、いや、ちょっと条件反射が……」

「すぐにここを開けよ」

 不機嫌なその声は、間違いなくヴァニスの声。

「余がわざわざ食事を運んでやったのだぞ? 感謝せよ。拒絶などされる覚えは無い」

「やっぱりヴァニス!? 本物!?」

 あたしは勢い良く扉を開けて、仏頂面しているヴァニスに向かって叫んだ。

「何であんたがわざわざ運ぶのよ!?」

「ここに来るついでだからだ」

「おまけに何でエプロン!?」

 しかも染み付き!? それって明らかに、今まで誰かが使ってた使用済み品よね!?

「えぷろん? ああ、これか? 厨房で働く者から借りたのだ。余の衣装が汚れたら、自分達が衣装係に殺されると泣くのでな」

「……」

「これを着ければ文句はあるまい、と言ったら、厨房係はまた別の意味で泣き出したが」

 あたしもまた、別の意味で眩暈を覚えてしまった。

 国王にしては贅沢にまるで興味の無い人物だとは思ってたけど、そこじゃない。要点は。

 贅沢とか、そういった次元とはまったく別問題なんだわ。

「ねえヴァニス、あなた『装い』って言葉、知ってる?」

「いつも皆から言われる言葉だが、それに関して余は一切の関心を持たない」
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