銀の精霊・森の狂王・時々、邪神
「あのね、昔、大岡越前守って有名人がいたのよ。いってみればまぁ、名裁判官みたいな人なんだけど」

「うむ」

「その人の、逸話が……」

「……」

「……あの、ヴァニス」

「なんだ?」

「ちょっと、顔、近すぎない?」

 ベッドの端に腰掛けたヴァニスの顔が、急接近している。

 仰向けのあたしの、ほんの頭上20センチ。

 緩やかにウェーブした髪が、あたしの額や頬に触れて……黒い真っ直ぐな瞳があたしを凝視している。

 じっと食い入る様に。

 あたしの心臓は、激しく動機を打ち始めていた。

 男性にベッドの上でこんなに接近されて、頬が思わず赤く染まるのを止められない。

 まるで視線に縫い付けられたように、あたしもヴァニスから視線を逸らせなかった。

「余はお前の顔が見たいのだ」

「み、見えるでしょ!? こんな接近しなくても! 近視かあんたは!」

 ……って叫んで、ふと思った。
 ひょっとしたら、ヴァニスって本当に近視なのかも。

 そういえばこちらの世界って、メガネかけてる人を見た事ない。

 この世界に、近視や乱視や老眼が存在しないってわけでもないだろうし、ということはメガネが存在して無いんだわ。

 国王の執務なんて、大量の書類との格闘だろうし、近視になる要因が大きいわよね。

 それじゃ今までこの人、あたしの顔がろくすっぽ見えてなかったとか?

それで今回、良い機会だからちゃんと見て覚えておこうと?
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