銀の精霊・森の狂王・時々、邪神
―― トクン……。

 静まっていた鼓動が、再び鳴り始める。

「なぜなのか分からない。なのにどうしても気になってしまう」

「気になる? あたしが?」

「お前が、お前だけが特別なのだ。余にとって」

 あたしの胸に強い衝撃が走った。

 思わず見開く両目が、ヴァニスを通して別の存在を見る。

 その言葉は……。

『雫、オレにとってお前だけが特別な人間なんだ。失いたくない』

 鮮明に記憶が甦る。

 あぁ、ジン。あたしの想う銀の精霊。

 あたしを救う為にヴァニスに戦いを挑み、打ちのめされてしまった。

 あたしを幸せにしてくれた言葉を、そのヴァニスの口から聞くことになるなんて、なんて皮肉なんだろう。

「こんな気持ちは初めてだ。これが、惹かれるという気持ちなのか……」

「ヴァ、ニス……」

「分からない。初めての事で判断がつかない」

 どこか思い詰めたような真剣な彼の表情が、さらに近づいた。

「だから、知りたい。お前を。自分の心を」

 黒い瞳の芯に、あたしの顔が映るほどにふたりの距離は近い。

 あたしの心臓は苦しいほど激しく鳴り続ける。

 この展開に戸惑っている? 困惑している?

 恥ずかしがっている? それとも嫌悪している?

 ……嫌悪? 何に対して?

 ヴァニスに? それとも……

 ジンという想い人がいながら、胸を激しく鳴らせて頬を染める自分自身に?

「知るために、余に捧げよ。お前の唇を」

 あたしの心臓が跳ね上がった。
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