銀の精霊・森の狂王・時々、邪神
 今ここで諦めたら、きっと二度と蓋に手をかけられなくなる。

 この一回しかチャンスが無いのよ! 誰が諦めるか!

 あたしは息を止め、満身の力を込めて腕を動かそうとした。

 対抗するかのように、音が、極限に達する。

 あたしの脳も全身も、もはや極限に達して、泣き喚いていた声すらも出なくなった。

 目玉が飛び出そうなほど大きく開いた両目からは、文字通り滝のような涙が勝手に溢れ出る。

 頭は真っ白だ。スパークする。ショートする。

 ヒィィ、気が……

 気が狂う――――!!

 涙が、あたしの胸や腕や足にボタボタと落ちたその瞬間……

―― サアァァ……!

 ほんのわずか一滴分ほどの、澄んだ水の清涼感を感じた。

 とっさに正気が戻り、涙に触れた腕がピクリと動く。

 ……今だ!!

 無意識に体が反応した。

 あたしは蓋を持ったまま、横倒しに倒れるように、思いっきり床に転ぶ。

 勢い余って蓋だけじゃなく、箱そのものが床に落ちた。

 音を立てて落下した木箱から、もんどり打ってノームが転げ出てくる。

 蓋が外れた瞬間、あたしの頭の中の音も嘘のようにピタリと止んだ。もう何も聞こえない。

 ……やったわ――!!

 床に倒れたあたしの全身から、安堵の汗がどぉっと噴き出す。

「しずくさんしずくさんしずくさん!!」

 駆け寄ってきたノームが、あたしの袖を引っ張りながら叫ぶ。

「しずくさんお願い! しなないで――!」

「死なないわよ……。その寸前まで行ったけどね……」

 あたしはハハ、ハ……と力無く息を吐いて笑った。
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