銀の精霊・森の狂王・時々、邪神
 イフリートがジンの横に並び、揃って前に歩き出した。

 そして、どんどん離れていく。

 やはりあなたは振り返らない。でも風が、あたしを抱く風が、むせび泣いている。

 ノームが、耐えきれぬようにあたしの胸元に飛び込んだ。

 しゃくり上げる小さな泣き声が聞こえる。

「イフリート、イフリートぉ……」

 聞こえぬように声を殺して、恋しい名を呼ぶ泣き声が。

「うっ……うっ……」

 肩を震わせて泣きながら、あたしは自分の体を抱きしめる。

 風を、ジンを抱きしめながら、懸命に瞬きを繰り返し、涙で曇る視界を凝らした。

 見たい。見ていたい。最後まで。

 たとえ背中だけでもいい。

 あたしから遠ざかっていく銀の精霊の姿を、最後まで見続けたい。

 小さくなっていく背中が、あたしの心を乱す。

 追い縋りたい。好きよ。愛してる。

「うぅ……うぅ――……」

 とめどない涙の熱さで目が焼けるようだ。

 苦しくて苦しくて、ノドが締め付けられるように痛む。

 でも追いかける事はできない。それでも……。

「それでも、あたしはあなたを愛してる」

 蚊の泣くような声を振り絞った。

 唇から発したわずかな音が、風を振るわせる。

 その瞬間、迷いの無かったジンの歩みがピタリと止まった。
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