銀の精霊・森の狂王・時々、邪神
 ギュウゥ!っと苦しいほどに風に抱きしめられて、あまりの強さに息が止まる。

―― ザアァァ……!

 そして、風鳴り。

 庭の草木が踊るように身を揺らし、葉を散らし、ジン達の姿は……

 消え去った。忽然と。

 もう風も感じない。

 あたしを苦しいほどに抱きしめた風も、ほとばしる叫びのように啜り泣く風も。

 美しい銀色の髪も、目も。

 見続けていた背中も。

 消えてしまった。失ってしまった。

 なにも、かも……。

 何かが抜け落ちたかのような夜の闇に、ぽつんと包まれる。

 呆けたようにしばし夜空を見上げ、風の気配を探した。

 でも、無い。なにも無い、どこにも。

 あたしはガクリとその場に崩れ落ちる。

 何事も無かったかのように、当たり前に虫たちが鳴き始めた。

 本当に、何事も無かったかのように。

「う……」

 何事も……

「うっ……うぅ……」

 何事……も……

「うわあぁぁぁーー!!」

 何事も無いわけがないでしょう!?

「ジン! ジン! 行かないで――!!」

 言えなかった本音を、押さえ続けた言葉を、思うさま吐き出した。

「ひどいわ! なんであたしを置いていくのよ!? お願いだから側に居て――!」

 ずっと、胸が裂けそうなほど言いたい言葉だった。

 婚約破棄された彼には、思うさま浴びせ続ける事ができた本音。

 でも今度は言えなかった。死ぬ思いで耐え切った。

 耐えるべき言葉だと理解できたから。
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