銀の精霊・森の狂王・時々、邪神
 不安な思いを抱えながら、あたしはマティルダちゃんの部屋の扉をノックした。

「マティルダちゃん。あたしよ。入ってもいい?」

 中でパタパタと人の動く気配がして、扉が開かれる。

「あ……し、雫様?」

 見知った侍女が扉から顔を覗かせた。

 突然、何の前触れも無く現れたあたしに驚いているようだ。

「マティルダちゃんはいる? ご機嫌伺いに来たのよ」

「え? あ、はい、ええと……」

 モゴモゴと言葉を濁す侍女の肩越しに、チラリと部屋の中を覗き込んだ。

 豪華な天蓋付きのベッドや、手の込んだ装飾の施された家具一式。

 マティルダちゃんの大好きな宝石があちこちに飾られている、いつもと変わらない、色鮮やかで煌びやかな室内だ。

「あら? マティルダちゃん、いないの?」

 部屋の主がいない。
 それだけじゃなく、いつも彼女の側についている数名の侍女の姿も見えない。

「あの、マティルダ姫様はお散歩に」

「お散歩? でもまだ今はお勉強の時間のはずでしょう?」

「あ、は、はい、そうなんです。別のお部屋でお勉強を」

「別のお部屋?」

 なにそれ? 今までそんな事、一度もなかったじゃないの。

 怪訝な顔をするあたしに、ますます侍女は慌てた素振りを見せた。

 ……明らかに態度がおかしい。

 あたしと視線を合わせようとせず、もじもじと指を絡ませたり、服の生地を引っ張ったり、どうにも落ち着きが無い。

「……そう。お勉強の邪魔をしては悪いわね。もう少ししてから出直すわ」

「は、はい。承知しました」

 あたしは何食わぬ顔でその場を離れる。

 通路の角を曲がり、壁に張り付いてコッソリ部屋の方を伺った。
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