銀の精霊・森の狂王・時々、邪神
「助けて! 早く早く!」

「マティルダちゃん! 今行くわ!」

「早くぅ! もう手が……!」

「絶対に放しちゃだめえぇ!」

 必死に両手両足を使って、もがきながら進んだ。

 でもヌメる雨が進行を阻む。体に全然力が入らない。

 早く! 急いで! 早くしなきゃマティルダちゃんが!

「怖い! 怖い! お願いだから助けて!」

「助けるわ! 頑張って!」

「いやあ! もうダメ!! 手が滑るぅ!!」

「諦めちゃだめよ――!」

 半狂乱で救いを求める声。

 無様な姿で、死に物狂いで床に爪を立てるあたし。

 でも踏ん張った足からは力が抜け、しがみ付いた手は雨で滑る。

 あぁ! 早く! 早く行かなければならないのに!

「たすけてたすけてたすけてええ!!」

「もうすぐよ! もうすぐ行くわ!」

「早く雫さま! 雫さま! 雫さ……」

 あたしの名を呼ぶ声が、唐突に途絶えた。

 ほんのわずかに縋っていた白く細い指先が力尽き、ガレキから放れていく。


 叫び声ひとつたてずに、ぶら下がっていたままの体制で、彼女は、落ちていく。


 両目と口は、大きく開いていた。

 終焉を悟りながら、それが信じられない。

 そんな表情だった。


 黒く染まった視界の中で、彼女のドレスが少しだけ色彩を放つ。

 一瞬。……一瞬。

 本当に。一瞬で。


 マティルダちゃんは、黒い世界に吸い込まれるように落ちていった。
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