銀の精霊・森の狂王・時々、邪神
 全身の血液が凍るような思いで、あたしは凝視する。

 たった今まで、マティルダちゃんがいた場所を。

 ……そうよ。いた。

 いたのよ、確かに。そこにいたの。

 泣き叫びながら、救いを求めていたのよ。

 あたしの名前を呼びながら。

 たすけて雫さまと、何度も何度も。

 何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も……


 何度も!!

 あたしに救いを求めて!!

 このあたしに、『助けて欲しい』と泣き叫んでいたのよ!!

 それが、それが……目の前で!!


「うわああぁぁぁ―――!!!」

 マティルダちゃん! マティルダちゃん!

 あなたを助けてあげられなかった!!


 あの、まだ幼い笑顔を。

 好奇心に満ちた表情を。

 寂しそうな仕草を。

 家族の肖像画を見上げる物悲しい目を。

 廊下の向こうから駆けてくる、色鮮やかなドレス姿を。


『雫さま! あのね、あのね、マティルダねぇ、雫さま大好きよ!』


 見殺しにしてしまった!
 あたしを慕ってくれた、幼い純真な命を!

「ごめんなさい! ごめんなさいぃ――!!」

 こんな事ってあんまりだわ! 残酷すぎる!

 どうしてこんなことに!? なぜなのよ!?


 不意に、甲高い笑い声が響いた。

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で、あたしは震えながら振り返る。

 そこには、アグアさんが黒い雨に打たれながら、嘆き悲しむあたしの姿を指さしながら……

 このうえなく幸せそうに、笑っていた。
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