銀の精霊・森の狂王・時々、邪神
 込み上げてくる嘔吐物。でもアグアさんの手に塞がれた喉は、その行き場が無い。

 まさに悶絶の苦痛に、彼女の手を掴むあたしの手が痙攣して震えた。

 ボロボロと涙が流れる。

 家族の顔が脳裏に浮かび、友達全員の顔もひとりずつ浮かんで消える。

 これまでの思い出が、走馬灯のように流れていった。

 ジン、モネグロス、ノーム、イフリート、ヴァニス、マティルダちゃん、みんな。

 あたしは、死ぬ。もう終わる。

 全てが終わる。あたしが死んで、死んで……

 死……

 死に……

 死に……た……

『死にたく、ない―――――!!』

 心の中の絶叫。

 全身全霊が渇望する、『生』への執着。

 突如、全細胞の水が熱く沸騰したように感じた。

 あたしの全身を包む水の保護膜が、アグアさんの体に勢い良く噴き付けられて、まるで熱湯のように湯気をたててヘドロを溶かす。

 悲鳴を上げてアグアさんは引っくり返った。

「グホッ! ゲホ!ゲホォッ!」

 あたしは胸に手を当て、猛烈に咳き込みながら呼吸をした。

 水の力は本来、命を守り育てる力だ。

 だからあたしの、生きたいという意志に無条件に応えてくれたんだ。

 そうよ、水は生きる為の力。

「アグアさん! 思い出して!」

 あなたも命を守り続けてきたはず! あなたの力は、こんな事の為の力じゃないのよ!

「そうでしょ!? あなたの本当の役目は……!」

 アグアさんと目が合って、あたしは息をのむ。

 ヘドロが溶かされ、わずかに覗くその顔を見て、背中に寒気が走った。
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