銀の精霊・森の狂王・時々、邪神
 ビックリしたり呆れたりしてるあたしの横を、風の精霊がサッサッと歩いて行く。

 ……ちょっと、こんな所に置いていかないでよ!

 慌てて彼の後を追って、入り口から中へ駆け込んだ。

 内部は壁も、柱も、床も、滅多やたらと高いドーム型の天井に至るまで、手抜かりなく彫刻が掘り込まれている。

 その微細極まる文様は、『お見事!』のひと言に尽きる。
 でも……。

 その中を歩く風の精霊の表情は、ひどく厳しくて、その理由をあたしはすぐに悟った。

 おかしい。人っ子ひとりいない。

 神の聖域なんだから、人間がいないのは分かる。

 でもそれにしたって、これは静か過ぎる。静寂っていうよりも、生気が無い。

 まるで閉館後の博物館みたいな、不気味な静けさだ。

 しーんと静まり返った空間に、あたしのヒールの音だけが無意味に高く響く。

 その物寂しげな音を聞きながら、周囲を良く見れば……。

 なにこれ?
 崩れてるじゃないの。

 あちこちの壁や柱の表面が、崩れて剥げている。

 元が見事な細工なだけに、その様子はいかにも痛々しく感じられた。

 向こうに見えるあの場所は、中庭かしら。

 中央の建築物は多分、大きな噴水なんだろうけれど、水一滴、流れてはいない。

 周囲を取り囲んでいる大量の立ち木同様、完全に枯れ果てている。

 この木々が全部元気な状態なら、ここはどれほど素晴らしい中庭だろう。
 まさに砂漠のオアシスだ。

 この廃れ具合って、なんなの?

 外観はまだ何とか保っていても、中はかなりボロボロだわ。

 末期症状な病を体内に抱え込んでいる人間みたい。まるで廃墟だ。
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