銀の精霊・森の狂王・時々、邪神
 ヴァニスを治癒しているジンの背後に、いつの間にかちょびンが短剣を高々と頭上に掲げて立っている。

 我を忘れたその目は、明白にヴァニスに狙いを定めていた。

 ……危ない!!

 声にならない叫びを上げて、あたしは手を差し伸べた。

 ただならない様子に気付いたジンが、ハッと背後を振り返る。

 でも、間に合わない。

 歪んだ口元で笑いながら、ちょびンはヴァニス目掛けて素早く短剣を振り下ろした。

「いやあ! ヴァニス――!」

―― ガシャ―――――ン!!

 派手な音が響いて、キョトンと目を丸くしたちょびンの頭から、バラバラと何かの破片が零れ落ちる。

 そしてそのまま、バタン!と横に倒れてしまった。

 あたしもジンも、イフリートもノームも呆気にとられながら、割れた壺の残りを手にして立っている女性を見る。

「ロッテンマイヤーさん!?」

「雫様、ご無事でよろしゅうございました」

 ほつれた髪の毛が肩の下まで垂れ、ドレスのあちこちが破けて、化粧気の無い顔には血が付き、全身は黒く汚れている。

 それでも、あの見事な姿勢の良さは健全だった。

「お、お、前……お前……」

 床に倒れたちょびンが呻き声を上げた。

「お前……この私に何たる事を……おぉ、そうだ」

 ちょびンは内ポケットをまさぐり、おもむろに宝石を数個取り出して、ロッテンマイヤーさんに差し出す。

「王を討ち取れば、褒美に宝石をいくらでもやるぞ」

「……」

「どうだ? 美しいだろう? おなごは幾つになっても宝石が好きであろう?」

「……」

「さあ、ほら、どうだ? これを……」

―― ガスッ!!

 みなまで言わせず、ロッテンマイヤーさんは、思い切り気前良くちょびンの手を踵で踏ん付けた。

 ちょびンが悲鳴を上げる。

「痩せても、枯れても、老いても、何があっても、わたくしの王家への忠誠は永遠です!!」

 凛とした声で高らかに誇らしく、彼女はそう宣言した。
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