銀の精霊・森の狂王・時々、邪神
 憎しみの感情で満ちた心を抱えて会社の屋上に立ち、フェンス越しに遥か下を見下ろせば、たくさんの車や見知らぬ人々が行き交う、平凡な喧騒の世界があった。

 その平穏な世界があたしの命を代償に、一瞬にして掻き消されてしまうんだ。

 力を込めてフェンスを握りしめた指が金網に食い込み、痛みが走る。

 片足の靴先もフェンス穴に突っ込みながら、ふと、『……あぁ、あたしの死装束は会社の制服なのか』と思った。

 ウェディングドレスを着て死んでやれば良かったわ。これ見よがしに。

 ……ウェディング……ドレス……か……。

 彼とふたりで選んだ純白のドレス。
 迷いに迷って決めた、最高の刺繍をあしらった最高に素敵なドレス。
 そして鏡の前で、最高に幸せだったあたし。
 最高にあたしを愛していてくれていた彼。

 なのに今あたしは、フェンスに指を掛けているなんて……。

 両目に涙が盛り上がり、熱い涙が溢れて零れ落ちた。
 落ちても落ちても、次から次へと涙は零れる。
 決して癒されることのない、耐え切れない思いが声となって溢れ出た。

「う、あ……ああぁぁ~~……」

 うめき声の様な泣き声を搾り出し、あたしは天を見上げて人生最後の涙を流した。

 ―― ポツン……。

 頬に、冷たい雨が一滴落ちた。

 そしてポツン、ポツンと、続けざまに頬が濡れる。
 やがて……。

 ―― サアァァ――……。

 静かな冷たい雨が、しっとりとあたしの体を包み込んだ。
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