銀の精霊・森の狂王・時々、邪神
 薄っすらと白い傷の線が走っていて、その白い線がジワジワと赤く染まっていく。

 傷口から赤い血が盛り上がり、あたしの両手を赤く染めた。

 これ、ただの杖じゃない。まるきり刃物だわ! しかも物凄い切れ味!

 ヴァニスが剣で杖を払うたびに、妙に鋭い金属音がすると思っていたけれど、こんなので斬り付けられたら……!

 フッと杖が一瞬霞んで、隣にもう一本、まったく同じ形状の杖が現れた。

 それらが二本同時にヴァニスを襲い始めたのを見て、あたしは顔から血の気が引く。

 冗談じゃないわ! 一本相手をするだけでもやっとなのに!

 今のヴァニスの状態じゃ、二本同時に相手するなんてとても無理よ!

 追い詰められたヴァニスは、とても片手では応戦しきれず両手で剣を握った。

 そして片膝をついて無理に立ち上がろうとする。

 むき出しの傷口からは容赦無く血が溢れ、ぜぇぜぇと荒い息を吐くヴァニスの顔は、文字通り血の気が引いてしまっている。

 玉の様な大粒の汗に黒髪が張り付き、その表情は凄惨さを極めた。

 どうしたらいい!? あたしに何ができる!? なにをしたらいいの!?

 あたしはまた、何もできずに見ているだけ!?

 パニック状態のあたしは番人に殴り掛かった。

「この……化け物―――!!」

 拳を振り上げ、無表情に佇む番人の顔を目がけて思いっきり殴りつける。

 まさに窮鼠猫を噛む、の心境だった。

 その憎ったらしい澄まし顔、あたしが変形させてや……

「……!?」

 あたしの拳は、ふぅっと番人の体をすり抜けてしまった。

 まるで空気を殴りつけるような感覚。実体というものがまったく感じられない。
< 576 / 618 >

この作品をシェア

pagetop