銀の精霊・森の狂王・時々、邪神
 ヴァニスの体から昇る煙の量が、徐々に少なくなってきた。

 ヴァニスの命がもう尽きる。

 逝ってしまう。これも、代償のひとつ。

 全てが代償として逝ってしまう!

「ヴァニス!」

「ならぬ」

 思わず腰を浮かしたあたしを、ヴァニスが諌めた。

「来てはならぬ。お前がいるべき場所は余の傍ではない」

「……!」

「間違えては、ならぬ。雫よ」

 ヴァニス。最後まで、あなたはなんて誇り高い王。

 常に民を、人を、正しき道へ導こうとする。

「そこで見ていて欲しい。ヴァニスが人間の王として、生を全うする様を」

 煙が細々と立ち昇る。

 一筋、また一筋、消えていく。

 ヴァニスの体から生気が消滅していく。

 目から光が消え、皮膚は黒ずみ、力が抜けていく。

 その様をあたしは瞬きもせずに見ていた。

 最期まで、最期の一瞬まで見届ける!

 このあたしの両の目でしっかりと!

 間違いなく、ヴァニスという人間の王が生きた証を!

 涙が視界を曇らせ邪魔をしても、あたしは何度も何度も手で拭った。

 そして、最後の、一筋。

 完全に死相を浮かべたヴァニスの唇が、微かに動いた。

『……』

 まったく音を成さない、短いひと言。

 ほんのたったひと言。

 それで充分だった。充分に理解できた。


 彼は、世界の全てを肯定した。


―― ドシュゥッ!!

 閃光が走り、石柱から眩い光が天に向かって行く。


 人間の誇り高き王ヴァニスは……旅立った。

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