銀の精霊・森の狂王・時々、邪神
 大地はもう、無い。空も無い。そこに生きていた人達ももう居ない。

 それでもあたしは、あの世界に涙を捧げる。

 乾いた大地を潤し守るために身を捧げる、最初の一滴のように。

 それが、あたしがここに居る理由。この世界を旅した理由なんだ。

『破壊された世界へ、水を? もう無いもの対して、守り育む水を捧げる? ……それは、失ったものへの鎮魂なのですか?』

 あたしは両目から涙を次々と落とした。

 落ちた涙は漆黒に吸い込まれ、ことごとく儚く脆く消えていく。

 それでもあたしは唇を真一文字に結び、何も無い漆黒に目を凝らし、両手を強く握り締め、熱い涙を捧げ続ける。

 この、守り育む水を。

 ……あたしは忘れてしまっていた。

 マティルダちゃんと一緒に家族の肖像画を見上げながら、自分で語った言葉を。

『抱え続ける限り、証は無くならない。無くしていないなら残ってる。きっとどこか、自分でも想像もつかないくらい、とても深いところに』

 だから失ってはいない。

 あたしの中に間違いなく残っているの。

 この中に。ジンの銀色の風のように。

 それを抱きかかえたあたしが、ここに存在している。それはたとえ神でも変えようのない事実。

 だからあたしは涙の雫を捧げ続ける。

 道行く先の希望を信じて、あの世界の全てに捧げるわ。

 守りと育みを、どこまでも信じて捧げ続けてみせる。

 たとえ永遠に近い刻を、この漆黒の中で漂うことになろうとも絶対に逃げ出しはしない。

 無意味になどするものか。消滅などさせない。

 彼等の存在を、あの世界で巡りあった全ての出来事を信じるあたしが、ここに存在しているのだから!
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