銀の精霊・森の狂王・時々、邪神
 その時不意に、船が動いた。

 まるで浅い覚醒をして、身じろぎしたように、ぼおっと淡い光が船全体を覆って、朧に点滅している。

 ……船が寝ぼけて、あくびしてるんだ。

 そんなわけないのに、なぜかあたしはそう確信した。

 ―― ザザァ……

 耳に潮騒の音が聞こえてくる。

 そんなバカな。砂漠のど真ん中に波音?

 不思議に思って船の縁から身を乗り出し、下を見下ろすと……

 砂が波打っていた。まるで海辺の波のように。

 黄色い砂の群れが海面のように柔らかく波打って、船体にぶつかって砕け散り、あたし達を乗せた船を揺らしている。

 トプントプンと、あのなじみ深い海音が聞こえてくる。

 そう、海だわ……これは砂の海だ。

 言葉も出ない思いでその光景を眺めていると、縁に乗せたあたしの手に、ジンの手が重ねられた。

 一瞬ドキンとしてジンを見る。

「よくやった。雫」

 ジンの銀色の瞳が、とても美しく輝いている。

「後はオレの役目だ」

 銀色の瞳が静かに閉じられ、研ぎ澄まされた美貌が天を向いた。

 彼は満ち足りた表情で、胸が張るほど大きく息を吸い込んでいる。

 そしてゆっくりと、ジンの唇から吐息が吐き出されると同時に、船全体を大らかな風が包み込んだ。
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