銀の精霊・森の狂王・時々、邪神
 帆が風を受けてバンと張る。

 ユラリ……ユラリと、船の揺れがさらに大きくなった。

 形容し難い、不可思議な浮遊感を全身に感じて、船は砂の海を悠々と進みだした。

「うわあぁ……!」

 あたしは風に髪を靡かせながら、信じられない不思議な光景に目を見張る。

「船が進んでる! 砂漠の海を、船が真っ直ぐ進んでいる! すごいわ!」

 ジンが閉じていた両目を薄っすらと開いて、すごく嬉しそうな表情であたしを見ている。

 そう、嬉しいのね? ジン。

 あなたの心は今、一陣の風となって自由にこの砂の海原を駆けているんだ。

 重ね合った手から、ジンの無上の喜びが伝わってくる。

 駆け巡る風。本当に、なんて素晴らしい風なんだろう。

 浮き上がるような心地良い風に、あたしは目を閉じた。

 走る。走っている。黄金の砂の海原を。

 あぁ、バンと張った帆の全面に受ける風が、なんと気持ちいい。

 阻む物など何も無いのだ。

 大いなる金の海原を駆ける私を阻むものなど、ありはしない。

 偉大なる砂漠の神、モネグロスを乗せる船たる、この私を。

 風の精霊と水の精霊が、共に進んでくれている。

 自由に駆け抜ける風と、美しくおおらかな水が。


『なんて素晴らしい船』

 舳先に立ち、両腕を広げ、その身に余すところ無く風を受ける、水の精霊。

 太陽の強烈な日差しを浴びて、目がくらむほど眩しく輝いている。


『何物にも例えようが無いほどよ。ねぇ、モネグロス』


 愛する神に微笑む、美しいアグア。

 共に海原を駆けた、我が良き友よ。

 今……何処?


 あたしは……自分が、止めどなく涙を流しているのに気がついた。
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