チョコレート化学実験。
雪はまだ降り続いている。
「先輩。」
羽菜はゆっくり、ビーカーからコップにホットチョコレートを注いだ。
「どうぞ。」
柔らかい湯気が、天井へゆらりゆらりと上がっていく。
「今日は寒いですから。」
新田先輩は試験管からコップの中のホットチョコレートへ視線をずらし、ほんの少し微笑んで、ありがとう、と言った。
──ありがとう。
羽菜はギュッと胸に手をやる。
そう。それでいい。
先輩は何も気にせず、その中にどんな重たく濃い思いが入っているなんて、一生気付かず、ただ飲み干して欲しい。
何でもない、ただの部活中の一杯として、飲み干して欲しい。
「…ん、うまいな。…あれ。これなんか入ってるか?」
「…!!!」
羽菜は冷や汗を流しながらあらぬ方向をみた。
「………ココアです。」
「ココア?いや、なんかココアって味ではないんだが。」
「いいえ、ココアです。ココア以外の何者でもありません。ものすごくココアです。ココアの中のココアです。」
馬鹿じゃないのか自分。
なんで先輩なら気付かないと思ったんだ。
羽菜は早足で自分のカバンが置いてある隅の席に戻り、焦るあまりせかせかと何故か現国の教科書を出したり入れたりした。