かぐや皇子は地球で十五歳。

「いってぇ……。」

 高台へ向かう急な階段の手すりに手をかけ、一段一段噛み締めるようにゆっくりと上った。ゆかりのデコピンは殺人的だ、脳みそが頭蓋骨の中でシェイクしたぞ、大丈夫かなぁ、俺。まだ額に熱が籠ってる。
 あれから追い出されるようにして家を出た。結局俺は中二病不法侵入者のレッテルを貼られたまま。

(これで……良かったのかも。)

 覚醒してしまえば、いやってほど死者と向き合うことになる。ゆかりには少しでも長く平穏な日常を送って欲しい。ゆかりの家までの距離なら闇移動は大して苦にならない、夜通し死者の動きを監視していれば危険は防げるだろう。

「……てことは、これから益々寝不足になるな。」
「にゃご。」
「黒猫ちゃんかぁ、イカスミは気に入られたみたいで羨ましいよ。」

 後ろをついてきていた黒猫は俺の股をすり抜け、階段を一気に駆け上がった。俺の淀んだ心に反し、その足取りは軽い。

 眞鍋ゆかりは「ゆかり」じゃない。
 ゆかりは、あんな大声で下品な笑い方をしない。頭の天辺から爪先まで、動作のひとつひとつが天女の衣のように滑らかで美しく、気品に溢れているんだ。草木を愛で、自由に羽ばたきたいと大空を仰ぐ儚げな人。
 食べ物を口に運ぶ動作ひとつとっても、何もかもが美しい。常に食べ滓を口の端につけたりなんかしない。床をバンバン叩くなんて、もってのほか。つーか、才識ある女がボロボロになるまでファンタジー小説読み耽る?況してジャンプはないわ、中3にもなって毎週月曜日心待ちにしてる女子って存在していいの?
 第一、何!リボンはだけても見えたのは白い胸板、貧乳つーか、乳なかったけど!
 比べるなんて、最低だと思うよ 。でも何処かで期待してたんだ。身も心も、あの人なんじゃないかって。

「あれだな…やっぱり、アニメやゲームより可愛い女の子って……」

 現実には、存在しないんだよ。



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