かぐや皇子は地球で十五歳。
瞼を開ければ格子柄の白い天井。暫しそのまま身体を横たえていたが、白い敷妙にあの人の温もりが感じられない。心に隙間風が吹き、重い身体を起こし白い簾の狭間から広い寝殿内を見渡した。既にいくつもの灯篭に灯りが点り、無機質な白ばかりの部屋は薄灰色の影が揺らめいている。どうやら眠ったまま日没を迎えてしまったようだ。
「あきら様、お目覚めでいらっしゃいますか。」
「ボタンか……ゆかりは何処へ?」
「今宵は十五夜でございます。回廊にて星空をご鑑賞されておりますよ。」
「十五夜か、忘れていたな。ボタン、お前も今日くらいは役を忘れ星を眺めてはどうだ。」
「ご冗談を。寝殿の警備がございます故。」
「では私の権限で暇を給ろう。」
まだ幼さ残る愛らしい侍女が帳の向こうへ消えていく。その姿を見届けゆっくりと寝台の踏み板を下り降りた。星の降り灌ぐ初夏の十五夜には、寝殿と回廊を仕切る簾が天蓋まで巻き上げられる。どれ、星を仰ごうと視線を上げた先でブラブラと振られる見慣れた二本足が見えた。
「この……怠け者が!」
「ぎゃ!」
道着の裾を引き下げ中庭へ放り投げると、池垣の縁に頭をぶつけ親しい侍従は転げ回った。
「お前は役を忘れるな!」
「ご冗談を~、屋根より下を堅く監視しておりました~。」
「ならば、ゆかりは見えたのだろうな。」
「はて、星空にゆかり様のお姿は見つからず…」
「ほう~、つまりテンチは屋根より上を監視しておったのだな……塵れ!」
「ふぎゃ!」
侍従を土台とし、白壁を上る。屋根を渡れば直ぐにその後ろ髪はみつかった。
寝台上の吹き抜け屋根を背もたれに、夜空を見上げる白着物。夏風に揺らぐ絹糸の髪は星光で煌めく天ノ川。
「あきら、見て……!星々が幾つも流れ落ちてくるの…!」
「ゆかり、夜着一枚では風邪をひいてしまう。」
「では、貴方の温もりで温めてくださいな。」
「全く……調子がいいものだ。そう都合よく甘えられるのは今宵だけだぞ。」
小さな妻を膝に乗せ、冷えた白卵を温め直す。夜空を仰げば満天に輝きそぼ降る星。貴女と眺める世界は見違えるほどに美しい。
ゆかりは胸に手を添え向き合うと、耳に差していた花櫛を2つに分け、一つを私の耳へと差した。
「今宵は、女が男へ想いを伝える十五夜。貴女に私の気持ちを届けたいの。」
「今以上に……?私の心が壊れ砕けてしまいそうだ。」
「砕けてしまったら、私が集めて治してあげる。さぁ、目を閉じて…?」
瞼を閉じれば星屑がチカチカと脳裏を這う。ふっくらと柔かな唇から伝い、甘味と塩気が混じったような水滴が舌に滑り落ちた。微かに花の香りを携え、胸を幸福で浸していく。
「貴方が愛しくて愛しくて、愛が涙を象ったの。」
「これはまた……舌が蕩け、喉が焼け焦げてしまいそうだ。」
再び瞼を開ければ、星空を背に私を見据える愛しい人。光粒を乗せた百合の頬に手を添えれば朱が染まり、先程口付けた紅い果実の唇は夜露に濡れている。華林の睫毛に潜む花輪の瞳に映るのは私だけ。
「このまま二人、夜空に溶けてしまえばいいのに……。」
「それはこの上ない歓喜の終だな。」
少しでもその終着地へ辿り着こうと二人、闇に溶け消え敷妙に身を委ねる。
「ゆかり…───私の愛する人……。」
───────────ずぇ。
────ず。
闇風が頬を掠め、瞼を開ければ緑色の天井。黒猫はザラリと手の甲を撫で布団の中、群碧色の瞳を煌々と輝かせた。
「いいとこだったのにな……」
ベッドに備え付けられたサイドテーブルに死者の刀が振り落とされ、マグカップに入った水が床へ溢れてしまった。溢れた水が床を浸す直前、右手で掴んだ黒剣が水平に回転し、死者の首へ侵食していく。皮膚が破れ、肉を断ち、骨を砕き、刃身に首が乗る。血飛沫が死者の赤い道着を黒く染めゆくその情景に溜め息をつき、布団へ入り直した。
重い疲れに頼り眠りへ誘おうとするが、布団の中にあの人の温もりが感じられない。
君に逢いたい。会いたくて逢いたくて、眠れば君の夢ばかりみてしまう。
「ゆかり…───会いたいよ……。」