かぐや皇子は地球で十五歳。
第4章 ゆかり様、大ピンチ。
「ゆかり、おはよう。」
「おはよう、湯浅くん。」

 下駄箱で上履きに履き替えていると、瞼を擦りながら栗毛の美少年が大きな欠伸をして隣に並んだ。癖毛なのか寝癖なのか、今日はいつもより増して耳許の毛先がぴょんと跳ねている。

「ゆかり?俺、何かついてる?」
「う、ううん。何でもない。」

 すれ違い先をいく背中を追いかけ、三階へ向かう階段を上った。
 始業式から2週間。遅咲きの桜が散りきった春色の校舎で私、眞鍋ゆかりは薔薇色の学園生活を送っている。

「性悪女のご登場~。」
「浮かれやがって、ビッチ女が!」

 まぁこんな調子で相変わらず女子には虐げられているが、今の私には小鳥の囀りに聴こえてしまう。

「ゆかりちゃん、おっはよう~!」

 教室へ入り机を目指せばクラス一の人気者、坂城くんが明るく出迎えてくれる。彼を前にすると女子は揃って汚い口を塞ぐ。クラスの人気者に嫌われれば、自分が虐げられることを知っているから。最近では坂城くんと仲の良い男子生徒とも一言二言、話せるまでに成長した。ただ少しでも彼等に触れようものなら、トイレに駆け込んでいくけど。
 
「ゆかり、おはよう!今日の体育スポーツテストだって、私知らなくて昨日山盛りカレー食べちゃったよ、体重計乗るのに最悪!」
「あはは、慶子は細いから気にしなくても大丈夫だよ!」

 そして人生初の友達一号、栗林慶子様…!
 今日も煌めく黒髪が眩しすぎて目が開けられません。
 貴女が私の机へ真っ先に駆け付けてくれるから、図書室で借りた小説が表紙を捲る前に貸し出し期限日を迎えそうです。
 最初は緊張してうまく喋れなかったが、一壁超えてしまえば、まるで昔からの幼馴染みだったかのように急速に距離を縮めていった。女子同士にも相性ってあるのかもしれない。身内と比べる私はどうかと思うが、お母さんと同じように気兼ねなく自然体で会話ができていると思う。この14年が嘘のよう。対人恐怖症を2週間で克服できちゃうなんて、奇跡に近い。

「栗林って、援交がバレて前の学校退学になったんてしょ?」
「眞鍋はカモか…あの平らな胸じゃ稼げないんじゃん?」
 慶子は地獄耳です。
「あぁ……?処女膜腐った腐女子がキャンキャン煩いんだよ…!」
『ヒィ!』

 早朝からR指定で放たれた慶子の罵声に腐女子一同硬直。いや、そもそも慶子様、腐女子の使い道間違ってるよ?女子中学生は処女膜もピチピチですから!

「ごめんね…?ゆかりに嫌な思いさせて。」
「私は全然、気にしてないから大丈夫だよ。」

 慶子は転校してすぐ、クラスの女子にありもしない援助交際を噂され、軽いいじめを受けていたらしい。万年いじめられっぱなしの私としては痛いほどその気持ちがわかるのだ。

「二人とも大丈夫?際どいワード廊下まで聞こえてたけど。」
「坂城くん。」
「童貞はあっち行け。」
「慶子ちゃん、朝から冷たい…!」

 慶子は男子にも厳しい。もしかして童貞と処女はお友達になれないの?私、処女膜腐ってますけど。彼氏どころか友達いない歴14年ですけど!

「晃~、お前は?慶子ちゃんの童貞シールド打ち破れるの?」
「ん……、ぅん?」
「起こして悪かった!そんな色っぽい目でみないで、興奮しちゃう!」

 チャイムの音と共に慶子と坂城くんが席へ戻っていく。晃は一度上げた顔を腕に預け、またとろとろと微睡み始めた。閉じかけの瞼は長い睫毛の影を作り、ピンク色の唇はうっすらと開いて確かに色っぽい。耳許で跳ねていた毛先がくるんっと内側に方向を変え、ショートボブが似合うアイドルみたいだ。

(か、かわいい……。)

『バチッ』

 火花が散るように目が合い、慌てて前へ向き姿勢を正す。担任の山代がプリント用紙を配り始めたのでまたすぐに後ろを覗いたが、晃は瞼を深く閉じ顔はほとんど腕に埋もれてしまった。
 前の席の女子が回ってきたプリント用紙を何処に滑らせようか、今日も戸惑っている。

 出会いは最悪だったが、晃には感謝している。
 だって私に友達ができたのは彼のお陰だから。


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