かぐや皇子は地球で十五歳。


「────────ゆかり…。」
「ふぇ…?」
 目を開ければ見慣れない天井。微かなアルコールの匂い。額に感じる熱と、制服のシャツから覗く白い鎖骨。
「起きて…─────ゆかり。」
 額に感じる……熱い息遣い。
 唇が離れ、前髪を撫でる冷たい手のひら。アッシュグレーの瞳。
「ゆ、湯浅くん……!」
 今、おでこにキスしてましたね!?
「うわっ……ふぅ、危ね。デコピンはさせないよ。」
「うっ……な、なんで私保健室に?」

 晃に両手首を掴まれ、身動きできないまま保健室の時計を見上げると、時刻は午前11時をまわっている。今朝教室に入りホームルームが始まったところまでは覚えているが、その先の記憶がない。

「ゆかり、ホームルームの途中で爆睡し始めてさ、山代が噴火しないうちに保健室へ運んだんだよ。何度か見に来たけど全く起きる気配がなくて、ちょっと心配した。」
「寝てた……?」

 何か言いたげに口をつぐむ晃。保健室の固いベッドで三時間寝た身体は重いが、特に風邪をひいたような症状もない。ただ見つめ合うこの状況に胸の鼓動だけが高鳴っていった。

「ゆっかりちゃ─────ん!起きた~?……って、お邪魔しました~!」
「坂城、勘違いすんな!」
「おのれ……保健室を悪用し、ついにゆかりを襲ったか!」
「ま、まてまて栗林…!……っだぁ──────!!」
「ゆかり!?大丈夫?制服脱がされてない!?」
「脱がされてはないです。」

 脇腹にパンチをくらい床に沈んだ晃を押し退け、慶子がベッドに詰め寄る。坂城くんの大爆笑で保健の先生がぶちギレし、四人仲良く保健室から追い出された。

「ゆかり、体育見学しなくて大丈夫なの?」
「正直言うと寝てただけだし…スポーツテスト補習だなんて晒し者もいいとこ、絶対受ける!」
「あはは、じゃあ一緒にまわろ~!」
「俺も、俺も~!」

 廊下でぴょんぴょん跳ね寄る坂城くんを慶子が後ろ蹴りで追い払う。行き場を失った坂城くんは隣の晃にダイブした。

「離れろ…!気持ち悪い!」
「私達、ペアになる仲じゃない♪」
「今初めて聞いたけど!?」
「俺、垂直跳び2年の時学年トップだったんだよね、新記録出せるかな~!」
「へぇ、サッカー部のくせにやるな。」
「まぁな、悪いけど晃には引き立て役になってもらうわ。」
「ほ~ぅ。」

 春のスポーツテスト。
 必ず一人炙れる私には年に一度の地獄行事。今年ばかりは先生とペア組まなくていいなんて、幸せすぎて絶頂気分です!
 急いで着替えを済ませ体育館へと走ると、体育館の壁際には測定器が並べられ、全学年の体育教師が揃って立っていた。2組合同で行う為、いつになく生徒が中央に密集している。

「二人ペアになって、好きなところから始めていいぞ~。時計回りに一周すること。配った記録用紙にお互いの計測値を記録するように。時間がないから、もたもたするな~。」

 担任の山代が笛を吹き、一斉に生徒が散り始めた。



「……ゆかりの体重病的だわ、目眩してきた。」
「はい、次。慶子乗って。」
「待って!ジャージ脱いでいい!?ポケットの小銭出していい!?」
「いいけど…体重計の上でジャンプしないで!山代がこっち見てるよ!」
「ジャンプのンで、測って!」
「難しい注文です!」

─────キャ───────────!!
 体重測定でモタモタしている間に、黄色い歓声が近くで湧いた。どうやら垂直跳びで学年男子新記録が樹立されたらしい。

「誰……?あのイケメン!」
「ほら…!ハーフの転校生だよ、隣のクラスの!」

 紺の地味なジャージに正しく紅一点、赤いジャージの栗毛が女子の生垣の隙間から飛び出している。晃は膨れっ面の坂城くんの肩を抱き、子供みたいに無邪気に笑っていた。

(楽しそう…。)

「あんな奴に負けてらんない……ふん!」
「え!慶子………よ、40キロ!?リンゴ割れんじゃない!?」

 とんでもない握力数値を叩き出した慶子を前に、同じクラスの女子三人組が膝をガクガク震わせている。またその間にも黄色い歓声が湧き起こり、授業終了まで止むことはなかった。
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