かぐや皇子は地球で十五歳。
 あらゆる運動部を差し置いてスポーツテストを学年一位で終えた晃に会いに、放課後運動部の勧誘と他のクラスの見物人で教室内どころか廊下まで生徒が溢れ返った。むさ苦しい男子に囲まれた晃は隙間から救いの手を求めている。

「助けてぇ~、坂城~!」
「ふん!運痴だなんて嘘つきやがって…今まで隠してた罰だ!」
「言った覚えないぞ!それにお前が徴発するから……あぁ、もう!俺部活やる暇ないって~!」

 この一騒動も野次馬も暫く続きそうだ。小さくバイバイ。と手を振り慶子と二人教室を出ると、晃は廊下の野次馬を掻き分け追いかけてきた。

「こらこら、置いていくなよ!」
「ゆかりの尻ばっかり追いかけてないで、爽やかに汗でも流してくれば?」
「ぜ─────ったいに、嫌!」
 そして何時ものように三人並ぶ煉瓦道。
「それじゃ、また明日~!」
「バイバイ。」
「んじゃな。」

 そして何時ものように慶子と別れ、住宅街を目指す私達。お誕生会翌日に仮病欠席してからというもの、慶子は私を働かせ過ぎてしまったと後悔重く保育園に誘うことはない。後ろめたいが、私には友達と過ごす放課後ランデブーを超える、大切な時間が別途生まれていた。

「ゆかり、今日はどうする?家に寄ってく?」
「うん。イカスミちゃんに会いたい。」
「そう言って…本音はケーキ狙いだろ!」
「あはは、わかった?」
「いいけど、こうも毎日食べてたら太らない?」
「ギクッ」
「何その擬音!隠れヲタがバレバレ!」

 今、笑ってるかな。いや、笑ってなかったら逆に怖いよね。
 晃はいつも、少しだけ私の前を歩く。ふわふわ揺れる栗毛を見上げながら、私は彼を追いかける。
 表情が読み取れないから、話していないと不安になる。このまま足を止めても、気付いてもらえない気がして不安になる。
 私と二人きり歩く晃は「楽しそう」ではない「悲しそう」だ。
 坂城くんとじゃれ合う晃の笑顔は私には向けられない。晃は私の存在を忘れているかのように、いつも蒼空を仰ぎ何か思いを馳せている。曇っていても、雨が降っていても。誰かを想い浮かべるように蒼空を見上げる。

(楽しくないなら…誘わなきゃいいのに。面倒なら、傍にいなきゃいいのに。)

 息が荒くなり始める階段の半ばで、いつも胸が「ぎゅっ」と締め付けられる。
 それでも私は二人のパティシエと一匹の猫に会いに、毎日律儀にこの階段を上ってしまう。


「おかえりなさ~い!ゆかりちゃん、今日は試作が二種類あるわよ~、ジゼルの最新号も届いてるし、ゆっくりしていってね?」
「最新号?読みたい!」
「ガトーフランボワーズにのってるソルベが滑るから、階段に気を付けて。」
「アメリ、雅宗さん、ありがとうございます!」

 カウンターに上げられる宝石のようなデセールプレート。
 揃いのコックコートで温かく迎えてくれる金髪美女と笑顔が眩しい黒髪美男。お気に入りのファッション雑誌を胸に抱き締め白い螺旋階段を上がると「待ってたにゃ~。」と黒猫が飛び付いてくる。甘い誘惑、目の保養、癒しペット。晃の部屋には女の子が長時間寛げる至福の空間が作り出されているのだ。

(ピスタチオのダマンドに……フランボワーズの甘酸っぱいジュレが最高~!このガトーショコラ、カリカリのクラッシュカカオが入っててほろ苦甘い~!)

「ゆかり、また口にクリームついてる。」
「~~~~~!」

 晃の近距離は変わらない。防衛線を乗り越え、私の唇を指でなぞりながら見上げるその瞳は吸い込まれそうになるほど深く淡い。
 だが今となっては目の前の仔犬に危機は感じない。何故なら晃はあれから襲ってくる気配がないから。試しにスカートを捲り上げたり、肩に擦り寄ってみたりしたが股間を押さえる様子もない。そんな晃にすっかり安心しきった私は、イカスミを抱きながら眠ってしまうことさえある。

「羨ましいくらいに、よく寝るな……」
「ふにゃ!」

 言った側からソファ占領してガチ寝してた!
 無意識に服が乱れていないか確認。うん、パンツ脱がされてない!
 晃はこちらに背を向けゲーム機のコントローラーを握ったまま私へ声をかけていた。

「男の部屋で寝ちゃうなんて、いくらなんでも警戒心なさすぎない?」
「居心地いいっていうか……湯浅くんゲームに夢中だったから、つい~。」

 急にコントローラーを床に放り投げ、頬を私の手に擦り寄せこちらを見上げる。何、このモチッとした弾力。コラーゲン?

「油断させてるだけ……だったら?」
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