かぐや皇子は地球で十五歳。
─────────コン、コン。

 この家ならではの決定的なオチ。何か起こりそうな雰囲気になると雅宗さんが扉をノックする。これじゃ晃も安易に手は出せない。だからこその、安心だ。

「ゆかりちゃん、外暗くなってきたから車で送っていくよ。」
「嬉しい~!雅宗さんお願いします!」
「まだ閉店前だろ、俺が送ってくからいーよ!」
 
 高台の階段から見下ろす街の夜景は冬の星空の絨毯のよう。どんなに帰りが遅くなっても、晃は必ず家まで送ってくれる。タンタンと軽快に階段を駆け下りながら不満に近い忠告を溢した。

「雅宗だけはやめろよ、片想いは時間の無駄だぞ。」
「別にそういうつもりじゃ…」
「そう?雅宗が送ってくって言った瞬間、目がとろーんってなってたけど?」
「え!なにそれ!」

 雅宗さんはかっこよくて、優しくて、あんな旦那さんと一緒にいられたら幸せだろうなぁとは思う。だがさすがに20歳差はどうかと思うし、アメリのような美女を前に憧れすらおこがましい。そもそも念願の初友達ができたばかりの私が恋にまで手をつけたら、ゆかりバロメーターが限界値を超え指標を振り切ってしてしまう。

「ゆかり、危ないよ。」
「あ…あ、ありがとう。」

 晃は紳士だ。
 車や人とすれ違う時、雨でもないのに歩道の内側へと私を引き寄せる。壊れ物のように、慎重に。

「湯浅くん、前の学校で部活やってなかったの?」
「んー?バスケ部だったよ。」
「えぇ!今日バスケ部に入部迫られてたじゃない。桐晃のバスケ部強いんだよ、勿体ないから続ければいいのに。」
「今は………それどころじゃないかな。」

 黒いばかりの夜空を見上げ、また「悲しそう」に呟いた。私もまた、先行くその背中を追いかける。
 晃が中二病を装っていたのは転校してきて3日間と短かった。「装っていた」と断定できるのは3日以降、湯浅晃は周りと何ら変わりない普通の男子中学生だから。毎日私と一緒に下校している為、三組内では所帯持ち扱いされているが他のクラスの女子生徒には憧れの的。最近では下級生までもが階段を上り、晃に一目会おうとやってくる。坂城くんとふざけ合う姿は自然体で嫌味なく爽やかで、可愛い顔は女子なら誰しもが母性本能をくすぐられてしまうのだろう。

───────装っていた。
 そう。問題は第一印象が肝心の転校生が何故イタい中二病を装ったのか。
 これだけ可愛い顔をしているのだ、前の学校ではさぞかしモテたことだろう。纏わりつく女子に辟易し、転校先でわざと変人を演じた?演じきれず、諦め今に至るのか。
 私の顔に惚れたけど、付き合ってみたらそうでもなかったとか。何せ美人は三日で飽きる。
 だとしたら、夜這い事件は?闇や死者やら非現実な単語を並び立てたのはその場の言い訳?
 あの夜、私は確かに見た。
 斬殺された黒い道着の男と、血塗れの晃。私を襲おうとしていたのは間違いなく黒道着の男だし、私を守ってくれたのは晃だ。夜這いじゃない。だからといって、それが死者の魂だとか、殺したら消えるんだとか、あぁそうですかと素直に過信できるほど子供じゃない。
 嘘だと言って欲しい、精巧に作られた中二病劇だったのだと認めて欲しくて、わざと大袈裟に笑ったのに…────────晃は、はぐらかした。急に、不自然に。中二病患者ならば本来むきになって弁解するところを愛想笑いを浮かべながらフェイドアウトさせた。様々な言い訳を並べさせ、その中の矛盾点をこそぎ出し、ほれみたことかと、罵ってやりたかったのに。
 晃は「よかった、俺の話を信じられるほど見てなかったんだ。」と安堵し、逃げるように家を出た。そしてそれからというもの、永遠だの愛だの死者など、一言も溢さない。正気に戻ったというよりは真実を覆い隠すように一線引いた素っ気ない態度。

「それじゃ、また明日。」
「送ってくれて、ありがとう。」

 にっこり見上げれば、悲し気に笑い返す美少年。君に隠し事があるんだ、ごめんね。と語るその表情にまた「ぎゅっ」と胸が締め付けられる。
 2週間前の出来事を今更蒸し返す勇気がない私はただ、その寂しそうな背中を見送ることしかできないのだった。


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