かぐや皇子は地球で十五歳。
 うん、この間抜けな声は社会の立川先生だ。こちらに向かってくる際、何かに躓いて転んだ音がする。

「やべ、晃蹴飛ばしちゃった!ひっさしぶりだからやっぱ夜目に慣れねぇな~!」

 ちょっと、立川先生!?
 瀕死の生徒蹴飛ばしちゃったの!?
 夜目……?慣れたら見えるものなのだろうか。黒ばかりで焦点の合わない2つの眼球を瞬かせながら必死に目を凝らした。
 見える…─────少しずつ。プールの水面に揺れる光粒。プールサイド。窓から見える月明かり。立川先生のへなちょこパーマ…!

「うらぁあ…────!」

 緊張感のない掛け声を発し繰り出された立川の凄まじい拳撃が黒影を飛び込み台まで吹き飛ばした。暗闇に目が慣れてしまえば黒影の正体もはっきりと分かる。猪のように鋭い赤毛の短髪と切れ長の赤目。浅黒い肌は筋肉が立体化し分厚い胸板は道着をはだけさせている。その白道着は晃の返り血で赤く染まっていた。
 屋内プールの出入り口からは新たな二つの人影が見える。

「祐輔…!忌み子様は無事か……!」
「晃様が危険だ!アメリ、止血を頼む……!」

 月明かりに煌めくブロンドをポニーテールに結んだアメリが横倒しになった(立川の仕業だ)晃へ駆け寄っていく。

「ゆかり様………ご無事で!」
「雅宗……さん?」

 真っ白なコックコートに身を包んだ長身の男性が私を抱き起こした。貴方は王子様に見えますが、ゆかり様?

「雅宗…!晃様の流血が酷いわ、急がないと!」
「アメリは忌み子様二人をお守りしろ!祐輔、やるぞ!」
「オーケィ、同朋!」

 駆け寄るアメリとすれ違いに雅宗さんが立川と二人、飛び込み台へ向かっていった。
 流血が酷いのなら救急車を呼ぶべきなのでは?
 訴えたいが唇が戦慄き上手く声にならない。

「ゆかり様、立てますか?……こちらへ…………っぁあ!」
「アメリ………!?」

 ゆかり様、腰が砕けて立てまセン。と両腕でしがみついたアメリの背中にジワリと生暖かい液体が染み渡っていく。預けた体重が押し戻されアメリの身体が被さった。

『小賢しい忌み民めが……!』

 立川に吹き飛ばされた男は飛び込み台からプールに入水したのだろう、全身に塩素水を纏い肩越しに覗く朱色の瞳は殺意に白目を浸食され血走っている。道着姿の男がアメリの背中から刀をズルリと音をたて抜いた瞬間、鮮血が四方八方に飛び散った。
 止めを指そうとアメリのポニーテールを掴み吊し上げ、露になった首筋にピタリと刃身をあてがう。

「さっせるか…──────!」
「ばっ!祐輔…!」
『ポチャン。』

 立川が飛び蹴りで刀を拐っていく。もう片足を男へ回転させ、首に踵を深く蹴り入れたがかわされ着地点で肉弾戦が始まった。その後方でプールの黒い水がブクブクと音をたてていく。どうやら刀が水底に沈んでいく音のようだ。

「ど────────っすんだよ!刀がなければ闇に還せんぞ!」
「ご、ごめぇん…晃様、起きてぇ…!」
「どうみても無理!あぁ、もう……アメリ、大丈夫か!」
「無理……祐輔の馬鹿…飛び込んで取ってこい……。」
「無理!絶賛戦闘中!雅宗よろしく!」
「無理。俺カナヅチ。」
「何こいつら…死ねばいいのに~。」

 わざと斬られて刀を奪おうと思ってたのにぃ!と血を吹きながらアメリが絶賛戦闘中の立川を怒鳴っている。大人達が罵り合っている傍で倒れる晃がやけに滑稽だ。
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