かぐや皇子は地球で十五歳。

「こいつプールに沈めて朝を待てばいいんじゃね?」
「日の出まで11時間かぁ、大量出血で二人死ぬな。」
「どーしよう!?」
「どーも、こーもない!変わるからお前は早く飛び込んでこい!」
「嫌!暗くて広い!怖い!」
「………死ねばいいのに。」

(何なの、この人達。)

 いってきてよ!お前がいけ!小競り合いしながら戦闘は雅宗さんを交え麗流に激化していく。私はアメリが吐血しながら罵る光景を尻目に砕けていた腰をスクッと立たせ、スタスタと晃の元へ歩いた。アメリの止血により脇腹からの流血は止まっているように見えるが、下向く顔に意識はない。長い睫毛は微動もせず、唇は白く色素が失せている。微かに聞こえる息遣いは今にも止まってしまいそうだ。

「湯浅くん……。」

 馬鹿な大人達のせいで君は助からないかもしれない。私が代わりに謝るね。ごめんなさい。湯浅くん、ごめんなさい。

───────ΡΠΘΙβΣΛΟΗΖΝ

(…………え?)

────────────…ず。

 生暖かい春風と共に女の艶声で唱えられた呪文が頭上にとぐろを巻いた。
 何をどうすべきか、脳にメモ帳を貼り付けられたように意に反し身体が動いていく。桜の花弁を受け止めようと無意識に差し出した両手のひら。舞い散り落ちる黒い花弁が手器に溜まり、誰かに導かれることもなく両手を地と平行に広げていった。宙に留まる黒き花弁は手の動きに合わせ直線に伸びていく。しなやかな花弁は鋭利な牙となり左に剣尖、右に円柱の柄を象った。
 初めて手に取る、剣の麗しさに思わず息をのむ。
「綺麗……。」
 切っ先は細針の如く、薄葉の刃身は峰尾に滑らかな傾斜。鐔に年輪に似た波紋があるだけで、外飾はなく只深く黒い漆黒の剣。
 遺された花弁がヒラヒラと舞う先で、晃の唇が微かに震えた。

「て、ん……くう……へ………っ…いそげ……っ」

 苦痛に閉口する唇。
 てんくう?
 天空?天空の城ラピュター的ーな?
 空高く放り投げろってこと?
 剣を掲げたまま振り返ると黒道着の男が私の手元を見るなり、新たに刀を錬成し右手で柄を握った。男の刀は黒剣に似て非なる銀色の金属。間髪入れず雅宗さんが男へ左拳を振り上げるが、刀を盾に塞がれ胴を斬り入れられてしまった。雅宗さんの身体は斬られたまま刀に押しやられ重心を失い、プールへ傾いていく。明かに劣勢に立たされたその横で、プールへ飛び込もうと両手を振り上げていた立川がこちらに気付き「ぱぁっ」と笑顔で刀を催促し始めた。パスを要求する決定力のないフォワードにイラッとした私は迷わず雅宗さんへ剣を投げ打った。

「え~!」
「ゆかり様……!有り難き幸せ!」

 立川が駄々を捏ねているが、私の判断に誤りはなかった。気のせいか眼窩に涙を溜めた雅宗さんは足を踏ん張り男と向き合うと、躊躇なく黒剣を振り急ぎ立ち向かっていった。花咲く火花と打ち合う刀の奏でる楽が鳴り止まない惚惚しい風靡な剣戟。
「はぁあ……!」
 決着は一瞬だった。男の突撃に刃を滑らせ止めることなく脇に斬り入れた剣は斜め下へ胴を真っ二つに骨ごと断ち斬っていく。斬り離された上半身がプールへと沈んでいくその一方で、残された下半身が床に集まる闇へと溶け消えていった。その黒はまるで人の手のように意志をもって男の身体を飲み込み、飛散した血液を一滴残らず掻き消していく。制服と手のひらを染めていたアメリの血液すら分離するように宙へ蒸発していった。

「た、助かったぁ~……。」
「アメリ、無事か。」

 手から振り落とした黒剣は花弁に還り闇へと散っていく。雅宗さんに手を引かれ立ち上がったアメリは衣服の血痕すら消え無傷だ。だが見下ろした先に見える晃の傷は消える様子がない。残された血溜まりに気付いた立川が晃へ駆け寄った。

「まずい……!生傷だ!死者の傷じゃないぞ!」
「アメリ!救急を呼べ……!」

(え……。まさか。)

 アメリが耳に携帯電話を翳す。

「すいませ~ん、……あ、救急です。はい~。」
「間に合うかな~。」
「どうだかな~。」

 救急なのに焦りのない呑気な声。
 ソワソワと晃の周りを右往左往する男二人。

 て、いうか………



 結局、救急車かい!



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