かぐや皇子は地球で十五歳。

「もう六時限目が始まるな。眞鍋はどうする?このまま家まで送ろうか。」
「先生、僕から提案があるんですけど……」

 坂城くんの提案を山代は快く受け入れてくれた。「じゃ、また明日!」と手を振る坂城くんに感謝を込めて手を振り返した10分後。

「先生はまだ仕事があるから学校へ戻るよ。寄り道せず早く帰るんだぞ。」
「はい。山代先生、ありがとうございます。」

 また私は感謝を精一杯込めて笑顔で山代を送り出し、市立病院の面会窓口へと突き進んでいった。




(え~と……316、316号室は……)

 泣ききり冷静さを取り戻した私は新たな問題を抱え広い病院内を彷徨っていた。慶子が変なことを言うからエレベーターに乗り込んだ辺りから動悸激しく鼓動が鳴り止まない。心拍が煩いから足が速まるのだ、会いたくて会いたくて小走りになってる訳じゃない。心と身体が空回りして、危うく晃の病室を通り過ぎるところだった。
 アメリから個室だと聞いていたが、扉は開け放たれている。脅かしてやろうと忍び足で入室するが、ベッドのカーテンは閉めきられ中が見えない。曇り空の午後に人影は映らず、湧き上がる不安心。その30秒後、不安を払拭する美声が病室内に響き渡った。入室しなければ聞こえない程度の微声。だがしっかりと音階を踏み耳を震わせる甘い重音。

────βΣΙΗΛΖΟΡΟΖΝΣβΙΘ──────
 
 童謡や民謡のようでいて、ゆったりとした円やかな発音と音調。その歌詞はあの日頭上から聴こえた呪文に似ている。
 どこにそんな勇気があったのか。ただ会いたくて、この美声の持ち主を一目見たくて、歌い終わらない間にカーテンを翻していた。
 窓の外へ声を放っていた栗毛の少年はゆっくりとこちらへ視線を流し、見上げる。口は半開き。青白い顔色はどんどん高揚し赤く……─────────

「ぎゃ─────────!!」
「えぇ─────────!!」

 悲鳴に驚き悲鳴で返す。
 あんなに気持ち良さそうに歌っておいて恥ずかしかったらしい、晃は病院の平たい布団を頭まで被り隠れてしまった。

「ななななな、なんでゆかり!?じゅ、じゅぎょーは!アメリは?雅宗は!?」
「木村くんの通夜で授業を抜けたんだけど、まだ時間があったから山代先生に病院まで送ってもらったの。大丈夫、下校時間には帰るから。」
「そそそ、そーなんだ……だ、だからって駄目だろ!?単独こうどーきんしー!!今すぐ帰れ!……いや、雅宗に電話するからロータリーで待ってて!全く何考えてんだよ、もう~!」

「………ごめんなさい。」

 なんだか胸が苦しい。会えば会いたい理由がハッキリするかと思ってたけど、拒まれ怒鳴られ心が折れてしまった。ただえさえ通夜で傷心しきっていた私は涙の残り香を拭い、椅子に腰掛けることもなくまたカーテンの外へ出た。
 運命の二人?ヒーローとヒロインは結ばれるシナリオ?日常は非現実ながらも心は現実。晃は私に会いたくないのだから、帰るのが賢明だ。
 嫌われたくは、ないし。

「え……?ま、待って、もう行くのかよ!」
「…………。」

 カーテンの内側に残された手を取り、引き留められた。今はまずい。非常にまずい。

「ゆかり………?」

 手を強引に引かれ、カーテンの中へと引き戻される。堪えるのに必死で手の震えが伝わってしまったのだろう。結局は顔を覗き込まれ、みられてしまった。

「ち、違うもん。お通夜で色々あって、思い出しちゃっただけだもん。別に湯浅くんに会ったからじゃないもん。」
「ゆかり……。」

 涙でぼやけた水晶体に映る晃は総てが淡くて、綺麗で、透き通ってる。寝癖ヘアは相変わらずピョンピョン毛先が跳ねてて、閉じられた睫毛は長くて、唇は桜色に艶めいていて……ちょっと待ったぁ!

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