かぐや皇子は地球で十五歳。
(苛イラ苛イラ苛イラ苛イラ苛イラ)
あ───────苛々が収まらない。始業式が終わり、体育館から直接職員室へ向かう私はキュッキュと靴底を鳴らし競歩で廊下を闊歩していた。
あの後のホームルームはもう地獄だ、女子の黒い憎悪が私へ集中し頭上で呪詛が渦巻き、呪いが成就すると「眞鍋~後で職員室来いや~」的な個別レッスンが設けられてしまった。体育館へと向かう移動時間は私を絡ませんようにと、転校生の回りに女子壁が聳え立ち、距離が縮まろうものなら突き飛ばされる始末。
初日で女子全員敵に回した。これで中学最後の一年も晴れて友達ゼロ人。やったね、記録更新!ギネスブックに載るかなぁ!
「はぁあ…。」
思わず大きく溜め息をついてしまった。すれ違った男子が股間を押さえてトイレへ走っていく。すごーい、私。陽の昇りきらないうちから興奮させちゃった。エローい。
そう、私はこの生まれついた美貌と色香により日常生活を極めて不便に危険に過ごしてきた。
物心ついた頃には「あの子の引き立て役は嫌!」と女子は遠ざかり、教師が私を褒めようものなら「可愛いからって贔屓だ!」と罵られた。
女子のいじめに合い、スカートを隠されブルマで帰った下校途中では痴漢に追いかけ回され、小6で家庭教師を雇ったらそいつはストーカーになった。中1の始業式で不良の先輩に体育館裏に連れ込まれ、助けてくれた生徒会長にその場で告白され、断ったらその日から生徒会のいじめに遭い…。
「失礼しまーす。」
とにかく、この学園に私の味方は一人もいない。
「来たか~、眞鍋。」
慌ただしく教師が行き交う職員室。背は低いが座高は高いらしい、赤いジャージはすぐにみつかった。
「呼ばれた理由はわかっているな~。染髪は校則違反だ、明日までに染め直してこい。」
緩やかに靡く栗色の髪が春霞の太陽に透け、より明るく煌めいた。
やはりこいつは△岡○造だ。俺はどんな美少女でも贔屓にはしないぜ。皆平等、公平に接する情熱大陸より熱い熱血教師なんだぜ?という顔でこちらを見上げている。
悪いが皆の前で私を呼び出した時点で、貴方は私を意識していたんですよ。まあ、私一人を犠牲に残りの生徒と信頼関係を結べるのだから、万々歳と言えよう。
「先生、私フランス人のクオーターなんです。これ、地毛ですから。詳しくは遠江先生に聞いてください。」
問答無用で家族写真を叩きつける。理解できない山代は首を傾げ私をみつめた。
遠江は一年の時に山代と同じく染髪問題で私を晒し者にした女教師だ。母親まで呼び出しやがって、罪滅ぼしにお馬鹿な山代へ説明して頂戴……!
「失礼しました~。」
ポカンと口を開けたまま固まっている山代を放置し教室へ戻ると、今度は私の机の斜め後ろで女子壁が建設されていた。
私と誓いを立てた机さん、女子の尻乗ってるよ~。
「眞鍋さん、大丈夫だった?」
「え………?」
「ほら、担任に呼び出されてたじゃない。あの△岡○造みたいな奴!」
教壇手前で突っ立っていると、どうやらクラスメイトに話しかけられたようだ。
日本人形のような白い肌にパッチリ二重の両目とふっくらとした立体的な唇。
(そして……キラキラと煌めく漆黒のストレートヘア……)
…………女子だ!
しかも黒髪美女。高ランク女子に話しかけられてる。心配されてる?
これは友達ゲットの大チャンス!?
「別に。私、トイレいくから。」
「そ、そう…?」
(…………あっ、もう一人の私が暴発っ!)
黒髪美女が私という愚か者に話しかけてくださったというのに、あろうことか性悪女演じてスパッと会話ぶったぎったよ!お高くとまってる訳じゃないんです、対人恐怖症という名の精神病です。
「じゃあ、私もいく!」
「え………?」
冷たく突き放したというのに黒髪美女は私の後を追いかけてきた。人生初のツレションに胸の鼓動が恋のように高まっていく。
「私、栗林慶子!2年の三学期に引っ越してきたばかりで、まだ友達いなくて…これからよろしくね?」
「わ、わたしは……」
「言わなくても知ってるよ、ホームルームで大騒ぎだったもんね、眞鍋さん。」
女子トイレの行列に並びながら終始笑みを絶さず語りかけてくる黒髪美女は天使のようだ。友達いないって、明るく言い放ってるよ。見てお分かりかとは存じますが手前もです!
「眞鍋さんって本当に綺麗だね、こうして間近で見ると女の私でもドキドキしちゃう!」
滅相もない、私もドキドキときめいています。机さんとお見合いしていたので気付きませんでした、貴女こそ他のイモ女子とは比べ物にならないほど輝かしいですね。特にその美しい黒髪と麗しい瞳が…瞳が…──────
────────ゾク。
瞳に色がない。瞳孔が開ききったように黒く塗り潰され光の一粒、欠片すら映らない。眼球にポタリと墨汁を垂らしたように…──────
「眞鍋さん、トイレ空いたよ?」
はっ。と我に返り手前のトイレへと駆け込む。高鳴ったままの鼓動を宥めようと深呼吸を繰り返し扉を開けると、先程までの行列が消え女子トイレに人影がない。振り返れば奥の扉ひとつだけ施錠されている。
─────────怖い。
ただ、その一心で教室へと逃げ戻った。
「え………?なんで?」
教室には、窓際の椅子に座る転校生一人。
帰りのホームルームまで後一分もないのに。
「トイレ前の広場で、3組の女子が転んだんだって。それが酷い怪我らしくて、みんな保健室に見に行ってるみたいだよ。」
「トイレ前で……怪我?」
「一瞬見えたけど…あれ、骨折してるんじゃないかな。変な方向に曲がってたから。」
トイレ前……転んだだけで、骨折?悲鳴は?トイレに入ってたから聞こえなかったの?だったら私の後ろにいたあの女は…─────
「ゆかり…大丈夫だよ。君は僕が守るから。」
「へ?」
とんでもない近距離。いつの間に近づいたのか、私と同じ憎き栗毛が額にサラリと擦れた。私もこの男子のように混血だと分かる顔立ちなら担任教師に呼び出されることもないのに。転校生は甘いマスクを惜しみ無く微笑み、私の両手に指を絡ませた。生まれてこの方、父親以外の男子と手を繋ぐのは体育祭のフォークダンス以来だ。しかもこの転校生、他の男子のように卒倒する様子もない。
「あ、あの……私、その、貴方に全く覚えがないのですが…。」
「うん、覚醒はまだ先だ。仕方がないよ。」
…………は?か、覚醒?
「ゆかり……ゆかり…!会いたかった。ずっと君に会いたかった……!」
どんどん顔が近付いてくる。まずい、このままでは面識のない男子にファーストキスを奪われる。
「あ、あの?私、本当に湯浅くんのこと知らない…」
「いいんだ…いいんだよ!まだ知らなくていい。これから知ればいい……!僕達は前世から結ばれし運命の二人なのだから…!」
「へ。」
転校生は甘い声を震わせ、滑らかな頬にハラリと涙を伝わせた。
「愛してるよ…ゆかり。」
───────あっ。
こいつ、中二病だ。