かぐや皇子は地球で十五歳。
何の前触れもなくやってきた死者の出現に心の準備も間々ならず、アメリに手を引かれ乗り込んだ白いバンは病院とは真逆の道を走っていく。すれ違う車のない街路樹を突き当たると現れたのは税金を使われていない荒れ地と化した市立公園。緑地内に乗り入れ、芝生の平地を突き進むと街灯ひとつない雑木林に行き着いた。東京都は名ばかりだ、辺境の緑地内はバックミラーに何も映らず、ヘッドライトの先はまっ暗闇。エンジンを切れば間違いなく、またあの恐ろしい闇がやってくる。
「GPSではこの辺りだな……。」
「ゆかりちゃんは車の中で待ってて。ぜーったいに開けちゃ駄目よ!」
「は、はいー。」
言われなくてもそのつもりだ。だってこっそり練習してたけど、あの日から一度も剣を錬成できた試しがない。正に空を掴むような、中二病重症患者が箒に股がり空を飛ぶ練習をする、そんな感じ。
アメリと雅宗さんが車から降りると、程無くして一寸先も見えない暗闇がやってきた。
(こ…こわ…────────!)
全く何も見えない。ガラス一枚隔てたその先には死者。こんな肝試し罰ゲームでしかない。
さらに一分経たず外から『ブシュ──────!』という時代劇でしか聞いたことないような効果音が聴こえた。恐怖が理性を壊し、バタバタと両手を広げ車内の天井をまさぐる。
(ら、ライトォ…ライト────、あった!)
「へ。」
室内ライトに照されたのは後部座席の窓ガラスに映る人影。不自然に欠けた後頭部からトマトケチャップのように噴出する脳ミソと血液。
『ガチャガチャッ』
外から扉を開けようともがく音。なんかこのシチュエーション、スプラッタ映画で観たことあるうぅ……!
あれでしょ、音が止んだと思ったらフロントガラス突き破ってゾンビが襲いかかってくるあれでしょ!
『ガラガラ…………バン!』
「ひぃい…!?」
「雅宗出して…!」
「えぇ?」
四方から扉が開け放たれ、アメリと雅宗さんが乗り込んですぐ車は発車された。アメリが携帯電話を取り出し耳にあてるが、なかなか繋がらない発信先に苛立っている。
「あ、すみませ~ん、うちの馬鹿が病院抜け出して来ちゃいましてぇ~、ひっ捕まえて今から連れていきますので…はい~、すみませ~ん。」
「うちの馬鹿……?」
「おのれ~……アメリ~……!」
「ふきゃ!?」
足元にゾンビが踞ってる!
「闇移動だけで力尽きてしまったんだ。後一分遅れてたら危なかったな。」
「仕方ないだろ……消灯前の病室では剣も抜けない。」
ゾンビは晃でした。
近場で人気がない公園を選び闇移動を行ったが、傷付いた身体に残された力は僅か。雅宗さんの姿を見つけ剣を錬成した晃は二分ほど意識を失っていたという。肝心の死者は雅宗さんが剣の柄で頭蓋骨を叩き割り瞬殺している。
踞る晃は暗がりの中でも額に汗をかき、苦悶の表情は手に取るようにわかる。
「わり……ちょっと充電。」
「え!」
息を切らしながら私の腰に手を回し、膝に頭を乗せた。ようやく落ち着いた鼓動がまた津波のように速まっていく。喋ろうとする度に熱い息が太股を撫でくすぐったい。膝に顔を埋めたまま晃は愚痴に近い発音で私に訊ねた。
「デート…じゃね、映画……楽しかった?」
「え、映画?……うん!すっごく面白かった!今思うと要らないグッズも勢いで沢山買っちゃった!」
「へ、へぇ……そう。ふぅん。」
「慶子も何だかんだ文句言いながら楽しんでたよ。」
「え……?栗林もいたの!?」
「そう!急遽来れることになって、三人で観たの!」
「ふぅん。なんだぁ……そうだったのかぁ。坂城め……」
「私、もう一回観たい。湯浅くん、退院したら一緒に行こう?」
「ぇえ?一緒に?ぇえーと……いや、でも」
「あ、安心して!デートじゃないよ、アメリも行くから!」
時が止まった。
いや、正確には病院前のロータリーに到着し、車が静止したのだ。
「ぶっ……あははははは!」
「え!どうしたの、雅宗さん!」
「安心!?何に対して!?」
「はははははは…!」
「デートじゃない!……デートじゃないよって晃!」
「うるせぇよ、アメリ!」
晃は急にぷんすか怒りながらヨロヨロと一人、おやすみも言わず病院内へ入っていってしまった。
「私……晃を怒らせちゃった?」
「い、いや……大丈夫。そういう訳じゃないから。」
むしろ面白いから。と思い出し笑いをしながら雅宗さんが車のサイドブレーキを上げる。
「そういう訳じゃないって、どういう訳なのかな。」
「にゃお~?」
いつの間に乗っていたのやら、私の膝へ乗り上がった黒猫は惚けた笑みで首を傾げるのだった。