かぐや皇子は地球で十五歳。
「転任してくるなら、主君の俺に一言言うべきだろ!」
「湯浅くん、廊下では静かに。」
「余計なことを…!お守りなどいらん!」
「いや、いるだろ…。湯浅くんが放つ眞鍋さんへの熱視線、気持ち悪くて先生授業中に朝食ったあんパンリバースするかと思いました。」
「テンチ~…!」
「立川先生です。テンチでも侍従でもありません。先生忙しいからついてこないで。終始半勃ちの思春期男子は教室へ戻りなさい。」
「何をー!」
──────────ピシャッ。
授業が終わり逃げるようにして教室を出た立川を追いかけたが、大した文句も言えぬまま鼻先で社会科教室の扉を閉められた。直ぐ様開けようと引き戸に手をかけるがしっかり施錠されている。廊下でワナワナと拳を震わせていると、中から曇った声で「放課後いらしてください。」と一言放たれた。
(クッソー!雅宗もアメリも知っての犯行か!どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって…!)
怒り沸騰不完全燃焼のまま教室へと戻ると、これまた怒りが吹き溢れんばかりの情景が待ちに待っていた。ゆかりの顔がよりにもよって坂城と栗林慶子の背中に隠れて見えない。
「さーかーきー!」
「おっ、帰ってきた。今度は教師をストーカー?立川って知り合い?」
「お?おぉ…まぁ、そんなとこ。」
「今さ、慶子ちゃんと三人で話してたんだけど昼休み四人で弁当食わない?俺、いい場所知ってるんだよね。」
おいおい、待てまて、ゆかりのこの顔見てちゃんと考えた?栗林を見上げる顔が震える仔猫ちゃんになってるよ?可愛いな、おい。
(頼むよ~!)
俺に合掌する坂城の視線は栗林に向けられている。なんだそういうことかぁ、坂城は栗林狙いか早く言えよ、短い付き合いだけど水くさいなぁ。凄いなお前、俺とゆかりをダシにつかうとはいい度胸だ。
よくみれば坂城ってスポーツマンらしい爽やかな短髪で可愛い顔した奴じゃないか。だからといって俺には足元にも及ばないし、ゆかりがこいつに恋をすることは万が一もない。
仕方ない、ゆかりが栗林を怖がる理由を知りたいし、様子を伺う為にもこいつに協力してやろう。
「…………わかったよ。」
四時限目終了のチャイムと同時に教室を出ると、坂城が向かったのは一階非常口手前にある図書室だ。「もしかして…!」と胸を弾ませているのは愛しいゆかり。同級生と昼休みを過ごす時間そのものが新鮮なのだろう、お弁当箱の紐を両手で握りしめ猫口が緩んでハイパーかわゆい。
図書室へ入ると入口すぐ右手、辞典が並ぶ本棚の間に地下へと続く細い階段が現れた。昼間でも薄暗いその階段を下りると、学校の歴代のクラス名簿やアルバムが保管されている六畳ほどの狭い空間になっている。部屋の中心に簡易な机が置かれ、パイプ椅子が束になって隅に置かれているので座る場所には困らない。この閉鎖空間、生徒に人気がでそうなものだが、階段よりさらに薄暗い図書室の地下は照明がなく陽が届かない。気味が悪く誰も近寄らないのだろうが、暗闇に慣れている俺には居心地が良い。明るいだけかと思っていた坂城にしては意外にセンスのある選出場所だ。
「秘密基地みたいでワクワクするだろ?だろー?」
三秒で前言撤回と訂正入ります。坂城くんは明るいだけが取り柄の単細胞キッズでした。その後ろでイソイソと椅子を組み立てるゆかり、コクコク頷いてる!キッズ坂城万歳!
「晃は、サンドイッチ?映画にでてくるブランチみたいだな!さすがイケメンハーフ!」
「坂城、お前はなんだ?焼そばパン5つ並べて和製ジャンキーか!」
「ほっといて!ここの購買の焼そばパン、美味しいの!とまらないの!」
「女子か!」
「眞鍋さんのお弁当、美味しそう~!お母さん頑張ってるね。」
「そ、そそ、そうかな。」
「栗林の弁当はなんつーか…茶色一色だな。」
「うるさいわね…!朝作ってる暇ないのよ!」
「慶子ちゃん、自分で作ってきてるの?スゴーイ!」
「詰めてるだけだってば!」
俺と坂城が詰り合い、栗林はゆかりに猛アプローチ。坂城も積極的に栗林へ話しかけるが、栗林はゆかりにしか興味がないらしい、俺と坂城には猛クーリッシュ。薄暗闇の中で過ごす昼休みは終始和やかだ。
「晃、部活は?サッカー部なら大歓迎だぞ!部長の権限で即入部させてやる。」
坂城が部長?ならばサッカー部だけはごめんだ!
「この学校帰宅部オッケーなんだろ?俺はパス。」
「なんだお前、カッコいいのは顔だけか!さては運動神経鈍いイケメン?ちょっと安心!」
悪いが天は俺に二物、三物を与えているのだ。今に見ておれ。
「くくく、栗林さんは?ぶきゃつやってりゅの?」
ゆかりが勇気振り絞って会話に入ってきた!噛みすぎて萌えっ娘になってりゅよ!
「私も帰宅部だよ?ボランティアで保育園のお手伝いしてるから、放課後時間がないんだ。結構忙しくて。」
「しゅ、しゅごーい!」
なんだ栗林、優等生発言じゃないか。俺と坂城には冷たいが特に変なところもないし、怖がっていた当のゆかりも警戒が解けている。リンゴのほっぺで「しゅごーい!」は、ないわ。鼻血でそう。栗林、ありがとう。
(なんか……いいな、こういうの。)
覚醒後の俺が転校してすぐ、中学生らしい時間を送れるとは思っていなかった。坂城と栗林さえよければ、この関係は続けたいと素直に思う。
「ごちそうさまでした。」
お弁当に手を合わせ丁寧にお辞儀をしたゆかりは喜びが滲み出たような笑みを浮かべている。長い睫毛が目尻を隠し、口角を上げた猫口は薄暗闇に煌めく宝石だ。この笑い顔を毎日見れるのなら、坂城に焼そばパン奢ってもお釣りがくる。
(うぅ…胸がいっぱい。ギュッて抱き締めたい~。)
「気持ち悪いんだよ…!エロ転校生が!」
「ぎゃっ!」
ゆかりにみとれて30秒後、栗林の上履きが強烈な破壊力で脛に入った。やっぱりクラスの女子が骨折したのは栗林が犯人かも…!死者に斬られるより痛い!痛すぎて涙でてきた!
「け、慶子ちゃん……俺、試合前だから勘弁してね。」
「私から身を守れないのならスタメン落ちろ。」
「え!監督より厳し…!」
昼休み以後は休憩時間になると坂城と栗林がゆかりの席に集い、たまに後ろの俺をなじる繰り返し。特に何事もなく平和に放課後を迎えた。立川に積もる話がある俺は早々と荷物をまとめ、ゆかりに暫しの別れを告げる。
「今日は一緒に帰れなくなったんだ。ごめんな?明日埋め合わせするから。」
「べ、別に私は…!」
「ゆかりちゃんはお前と帰る気なんて、ねーやい。んじゃ、俺部活行くわー。」
教室を出る坂城と入れ違いに今度は栗林がやってきた。
「眞鍋さん、途中まで一緒に帰ろ?」
「え?…あ、えと。」
二人きりは流石に戸惑うのか、返事に迷っている。
「一緒っていっても、私は駅前の保育園に向かうから坂下までだと思うけど。」
「女子限定話もあるだろうし、一緒に帰ったら?」
「う……うん。」
一人よりは二人で下校したほうが安全だろうと、軽率に口走った俺は六時間後泣きたくなるほど後悔する。だがこの時の俺は全く知るよしもない。