かぐや皇子は地球で十五歳。
───────────…ギシ。
 ベッドのスプリングが跳ね揺れ、その振動に他者の気配を感じうっすらと瞼を開けた。
 ベッド際の出窓に立て掛けられた目覚まし時計はまだ夜の9時。どうやら帰宅してすぐ、着替えに部屋へ上がったまま疲れて眠り込んでしまったようだ。起き上がろうと膝をあげると制服のスカートが太股を滑った。
「え…?」
 無防備に剥き出しとなった素足を人間の指のはらがさらりと撫でた気がする。五本指の冷やかな感触がはっきりと太股を這い上り、気色悪さでようやく脳が醒めた。
 自分の身に何が起こっているのか理解できず混乱したまま恐る恐る顔をあげると、黒い影が下半身を纏うように蠢いている。
「や……ぁあ…っ」
 徐々に、そしてゆっくりと黒い影は身体を這い上ってくる。ねっとりとした重みと冷たい感触は耐え難く、声を上げようとするが唇が戦慄きうまく言葉にならない。

──────────…ずぇ。

 窓も扉も閉められている密室で突如小さな風が吹いた。身体にのし掛かっていた重みが消え、黒い影が宙に浮く。重力にぶらぶらと振られる筋肉質な四肢は男の物のようだ。闇に目が慣れたのか次第に黒い影の正体が晒け出された。 胸元は着物の衿のようで、黒い柔道着を思わせる衣服の先端から何かの液体が噴出している。首から先のある先端が…──────
 あるはずのものがない。
 その不自然な状況を脳が視覚から読み取り、恐怖が骨の髄を伝いガタガタと全身を震わせる。息継ぎに鼻から吸った酸素は鉄分を含有した覚えのある臭い。やがて朱が黒を染め、白い天井と壁へ飛び散った。その紅い絵画を一点に見据えていると、視界を侵したのはアッシュグレーの瞳。

(どう……して…─────)

 頬から制服のシャツまで返り血に染めた栗毛の転校生、湯浅晃。
 転校生は髪を振り乱し黒い影をベッド下へ蹴り落とすと、柄から剣先まで漆黒に染まる黒い剣を振り上げ、躊躇なくその肉塊に突き落とした。

「───────消えろ。」

 冷着な声色。震える身体を精一杯動かし、ベッドの縁から見下ろした自室の床は血溜まり。剣が突き刺さったままの肉塊の傍には金髪がのった頭が転がっている。

「よかった…間に合ったね。」

 先程の低い声からワントーン跳ね上がった甘い美声。にっこりと闇に笑う血塗れの少年。その紅い笑みは私へ向けられている。
 心を狂わさんばかりに脳内のCPUがシャットダウンし、私の意識は深く遠退いていった。



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