世界を濡らす、やまない雨
「なぁ、杏香」
電話口から漏れてくるのは、最近ではめったに聞くことなんてなかった怜の甘い声。
都合の良いときだけの優しい声。
怜は私を見捨てたわけではなかったのだろうか。
答えに迷い、唇を噛む。
するとそのとき、横からスマホが奪われた。
驚いて顔を上げると、暗がりのなか、角谷が無表情で私を見下ろしている。
角谷は私から奪ったスマホを自分の耳に押し当てた。
「杏香。愛してるから、機嫌直して戻って来い」
角谷の耳に押し当てられたスマホから、怜の声がかすかに漏れ聞こえる。
「角谷くん」
角谷からスマホを取り戻そうと手を伸ばしたとき、彼が電話口の向こうの怜に向かって抑揚のない声で言った。