世界を濡らす、やまない雨
早鐘を打ち続ける鼓動と、胸の奥から湧き上がりそうになる苦い感情。
動こうにも動き出せない身体。
この感覚と感情は過去にも覚えがある。
私が立ち止まっていると、化粧室から出てきた有里と二人の顔見知りの女子社員とかち合った。
「あぁ、杏香。トイレ?」
強張った表情の私と目が合った有里が、そう言いながらほんの少し目を泳がせる。
有里の後ろにいる二人も、ほんの少し気まずそうな顔で笑む。
みんな、さっきの話が私に聞かれていなかったかを気にしているのだ。
「うん、化粧直し。少し区切りがついたから」
何を話していたの?
全部聞いていたのよ?
そうやって有里たちを責めてもよかった。
けれど私はそうしなかった。
代わりに、何も知らないフリをして笑う。
「そっか、お疲れさま」
私の笑顔を見た有里が、ほっとした表情を浮かべる。
有里と同様に、他の二人も表情を和らげた。