世界を濡らす、やまない雨
私が立ち止まったまま動けずにいると、赤い傘を揺らしていた友人が、ようやく私との距離に気がついた。
重たい雨が道路に作った水溜りの前で、友人が足を止める。
赤い傘が大きく揺れて、友人がゆっくりと振り返る。
振り返った友人の顔は、やっぱり赤い傘に隠れたままだった。
けれど、雨が滴り落ちる傘の下から友人の口元だけは、私の立つ場所から見えている。
「杏香?」
悪意のない、無責任な声で友人が私を呼ぶ。
彼女の口元は、微笑んでいた。
寒さのせいか、いつもはピンク色をした友人の唇が、濁った赤色をしている。
その色は、友人が背中で揺らす傘の赤と似ていた。
胸の奥から湧き上がる苦い感情。
口の中にたくさん溜まったそれらを、必死で飲み込み喉に落とす。
胸も、喉も、息も、
全てが苦しい。
私は苦しいのを我慢して、必死で前へと足を動かした。