世界を濡らす、やまない雨


その日私は、まだやりかけの仕事をそのままにして、定時ぴったりに会社を出た。


仕事など、手に付かない。


一刻も早く、課長のいる空間から逃れたかった。



「杏香?」


鞄をつかみ、逃げるように帰ろうとする私を有里の声が呼び止める。


けれど、私には有里の声に振り返る余裕などなかった。


有里の声を無視して、足早に立ち去る。


「幸田さん、ちょっといいかな」


そのとき、有里を呼ぶ課長の声が聞こえた。

「はい」

課長の声を聞いた私の肩が震える。

声を掛けられたのは有里なのに、私の足も一瞬止まる。


< 60 / 237 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop