世界を濡らす、やまない雨
「道木さん、今日はこれから空いている?」
課長が薬指に指輪のついた左手を私の肩に載せた。
課長の手が肩に触れた瞬間、私の全身が粟立つ。
おそらく、課長に警戒心を抱いているのは私一人だけだった。
私たちの横を通り過ぎていく他の社員たちは、私の肩にさりげなく置かれた課長の左手を気に留めている様子はない。
「この近くにお勧めの店があるんだ。よかったらどうかな」
私を誘う課長の声は穏やかなのに、拒絶を許さないような含みがあった。
「あ、の」
「ここから少し遠いけど、大丈夫だよね」
喉の奥から搾り出したように漏れた私のか細い声を無視し、課長は私の肩に手を載せたまま歩き出す。
そっと載せられているようで、その手はしっかりと私を捕らえ離さなかった。