Octave~届かない恋、重なる想い~
ここで断るわけにはいかず、覚悟を決めて雅人さんの隣へ。
小さな、だけど、マイクにかすかに拾われた声で言われた。
「ありがとう、結子。ここにいて」
私は頷いて、そのまま雅人さんを見守った。
「妻の結子は、病に伏している義父を看病しながら、私の選挙活動を支えてくれました。私は33年間生きてきて、ようやく自分を受け入れてくれる家族に恵まれました。学力、自己肯定感、そして最後に愛情を与えてくれた妻が後押ししてくれたので、安定した生活から飛び出す覚悟を決めたのです」
そう言って、雅人さんは私の顔をじっと見た。
これも選挙のための演技であるとわかっているけれど、恥ずかしくて顔がほてる。
雅人さんの左手が、私の腰に回された。必然的に身体が近づき、寄り添うように立つことになる。
心の中では『後押しじゃなく、俺が代わりに立候補してやってるんだけどな』と思われているのだろう。
それでも、表面上は支え合って生きていく夫婦を演じなくては。
「この街をもっと豊かな、希望ある街にしたい。誇れる郷土を作りたい。そして、将来の子ども達によりよい街として引き継ぎたい。
どうか明日、一人でも多くの皆様に、私の名前を選んでいただけますように。宇佐美雅人、心よりお願い申し上げます。お忙しい中、ご清聴ありがとうございました」