Octave~届かない恋、重なる想い~
私達は、一緒に深々とお辞儀をした。
すぐに腰に回されていた雅人さんの手が離れ、今度は私の手を握る。
そして、雅人さんが顔を上げるのとほぼ同時に私も上半身を起こすと、繋がれた手を上に高く掲げられた。
拍手と歓声が聞こえた。そしてところどころでヒューヒューという声も。
応援してくれている、という手ごたえを感じて、嬉しくなった。
自分が出馬するとしたら、この状況は耐えられないほどのプレッシャーだった、と思う。
いや、私にはこんな風に人の心をつかむような演説は、絶対に無理だ。
雅人さんは今、どんな気持ちなのだろう。
まだ当選したわけではなく、隣にいるのは名前だけの妻。
今のこの選挙は、次の更なる目標に向けた足掛かり。
冷めた目で聴衆を見ているのだとしたら、私は家族だけでなく、有権者までも裏切ることになりかねない。
そう思って、雅人さんの顔を見上げた。
雅人さんも、私を見ていた。
そこにあったのは、今まで見たことのない、寂し気な微笑みだった。