Octave~届かない恋、重なる想い~
私が必要だと言ったあと、またぎゅっと抱きしめられた。
こんなに接近したのは、結婚を決意した時にキスされて以来。
混乱する頭の中で、今の言葉を繰り返す。
『俺に必要なのは、宇佐美結子だ』
宇佐美、結子。
そう、雅人さんに必要なのは、宇佐美という家。
宇佐美という家と苗字を手に入れるために必要だったのが、私。
女性票がどうのこうのという以前に、彼は宇佐美という苗字が欲しかった。
宇佐美になるためには、私と結婚して婿養子になる以外なかった。
だから、私個人はどんな見た目であろうと、関係なかったんだろう。
一緒に暮らし始めてから2か月が過ぎようとしていたけれど、必要以上の接触は今まで全くなかった。
一緒に買い物をして、一緒に食事をとり、別々の部屋で眠る。
一緒に選挙活動をして、一緒に頭を下げ、別々の道を歩む。
いや、そうはさせない。
宇佐美という家と同じくらい、私自身にも利用価値があると思ってもらえるようになればいいのだ。
普通の家庭を知らない彼に、安らげる場所を作ろう。
配膳室から出てくる給食とは違う、家庭的な食事を一緒に楽しもう。
そしていずれは、私だけを見て欲しい。だから。
「私にとっても、夫は雅人さんただ一人です」
彼の胸の中でそう宣言して、私も広い背中に両手を回し、力をこめた。