Octave~届かない恋、重なる想い~
当選翌日から、雅人さんは走り回っていた。
支持者への挨拶回り、同じ会派の重鎮にも挨拶。今はとにかく顔を覚えてもらうことが大事だと言っていた。
私が一緒に行くこともあったけれど、ほとんどは自分だけで済ませてしまう。
「結子は家で美味しいご飯を作ってくれたら、それでいい」
「それだけで、いいんですか?」
「あとはお礼の手紙とか……とにかく、俺についてくると、今ならもれなくセクハラまがいのことを言われるから」
「え?」
新人とはいえ、議員に向かってセクハラはないと思った。
だけどそれは甘かったらしく、雅人んさんはそのまま私の顔と、なぜか天井を見てふうっとため息をついた。
「新婚なんだから、まずは子作りに励めって言われるんだぞ」
……ああ、そういうこと、ね。
「それは……困ります」
そういう話を振られても、私と雅人さんは契約上無理だから。
困惑して雅人さんを見ると、彼も心なしか顔が赤くなっているように見えた。
きっと、一人で挨拶に行っても、相当言われているのだろう。ましてや彼は婿養子だから。
「そう、困るんだよ!」
声を少し荒げて、椅子に掛けてあったスーツを掴み、雅人さんは立ち上がった。そして、私に背中を向けて呟いた。
「結子が困る必要はない。困るのは俺だけで十分だ」