Octave~届かない恋、重なる想い~

「雅人さん!」

 ベッドへ駆け寄って、すぐ雅人さんの両肩に手を置いた。

 軽くトントン、と叩いてみる。ゆすらないように気を付けながら。

 脂汗を流して苦しそうに歯を食いしばっていたから、どこか痛いのだろうかと思った。

 もう一度、トントンと肩を叩くと、やっと目を開けた。

 しばらく焦点の合わないような目線を私に向けていたけれど、それからがばっと起き上がった。


「今、何時?」

「7時半を過ぎたところです」

「まずい、寝過ごした。……もしかして、何度も起こしてくれた?」

「ええ。7時半になっても返事がなくて、お部屋でうなされていたようなので、勝手に入ってしまいました」

「構わないよ。君が嫌でなければ。ありがとう」


 シャワーを浴びてくる、と言って、部屋を出る直前、雅人さんはぽつりと言った。

「昨日、母の墓参りをして、ちしま学園へ顔を出した。そしたら偶然、同期も差し入れ持って来てたんだ。それで一緒に飲んでて遅くなった。ヤツは船乗りだから、滅多に会えないんだ。飲みすぎたせいか、墓参りのせいか、母の夢を久しぶりに見たよ。この歳になっても、母は怖いね」


 笑っていたけれど、雅人さんのお母さんに対する恐怖は、普通の人とは全く違うのだと、改めて思った。

< 119 / 240 >

この作品をシェア

pagetop