Octave~届かない恋、重なる想い~
ランチやデザートの食器は全部洗っていたけれど、最後まで使っていたティーカップだけは残したままだった。
「お義母さんか? いや、今はお義父さんの介護があるから無理だよな。友達?」
「違います」
「まさか、男?」
笑いながら聞かれたけれど、目が笑っていなかった。
私は大きく首を横に振って、全力で否定した。
「そんなはずありません! 女の子です。3月まで、私の教え子でした」
すると、雅人さんは意外そうな顔をしてから、私を質問攻めにした。
「平日なのになぜ?」
「今日は研究会の日で、午前授業だったんです」
「どうしてうちの住所を知ってる?」
「偶然会った時、教えたんです」
「わざわざ教え子に、住所を教えるのか?」
「複雑な家庭の子で、ご飯が食べられない時があるんです。お腹減っていたら来てもいいよって教えました」
「それで今日は昼飯を食わせた?」
「そうです。夕方まで居ました。なかなか帰りたがらなかったから、ちょっと遅くなっちゃって……」
そこで、雅人さんが私をじっと見つめて静かに尋ねた。
「生活に困っている生徒にコンビニATMで金をおろして渡した、そういうことか?」