Octave~届かない恋、重なる想い~
「違います! まだ渡していません!」
しまった。渡す前提で返事をしてしまったと気づいた時にはもう遅かった。
「まさか、本気で生徒に金を渡そうとしていたとは……」
雅人さんは驚きの表情を浮かべたあと、氷のように冷たい眼で私を見下ろし、言い放った。
「結子、君は本当に宇佐美家の娘か?」
距離を一気に縮め、襟首を掴まれそうな勢いで私に迫ってくる。
「どういう意味ですか?」
「本当に、それすらわからないのか?」
わかりません、と小さく呟くと、盛大な溜息が聞こえてきた。
私をソファに座るよう促してから、雅人さんも隣に座る。そして。
「連座制って知ってるか?」
「もちろん知ってます。候補者とその家族、秘書、選挙の運動員が贈収賄や利益誘導で……」
そこまで自分で言って、やっと気づいた。
たとえ元教え子であっても、私が立花さんにお金を出すということがどのような結果になるのか。
「そこまで知っているのに、なぜ気づかなかったんだ!」