Octave~届かない恋、重なる想い~
勢いよく立ち上がった立花さんに対して、私が声を掛けると同時に、雅人さんが近寄って行く。
「立花さん、待って!」
逃げようとした立花さんは、エレベーターのドアに駆け寄った。でも、ボタンを押さずに立ち止まった。
私を見つめて、ぽつりと言った。
「宇佐美せんせいの作ってくれたおにぎり、美味しかったよ」
私は喉の奥から出る寸前だった、心配したんだから!という言葉を飲み込んだ。そして。
「今日はもう遅いから、うちに泊まる?」
こんな言葉を発していた。
このまま自宅には戻してはいけないと思った。
母親の彼氏からひどいことをされるかも知れない。
このまま児童相談所へ引き渡すのも、彼女にとって衝撃が大きすぎる。
「泊めて、くれるの? せんせい、迷惑じゃない?」
迷惑、という言葉を聞いて、思わず雅人さんの方を見た。そういえば家主に何も了承を得ていない。
しかし、雅人さんは落ち着いた様子で、微かに微笑んで頷いている。指で電話に出るジェスチャーをしながら。
そうだった。スマホが鳴りっぱなしで、このままでは近所迷惑になってしまう。
「いいのいいの。うちへ行こう!」
そう言って、彼女の肩をぽんぽんと叩いたあと、すぐに電話に出た。
彼女の担任からだったので、状況を話して各方面へ伝えてもらえるよう、お願いした。