Octave~届かない恋、重なる想い~
お風呂から出た私は、自分の部屋の前で一度立ち止まって、耳をそばだてた。
何も聞こえない。明かりも消えているようだ。
夜中まで放浪していた、まだ十四歳の立花さん。
きっと、疲れ果ててぐっすり眠っているのだろう。
朝になれば、さらにぐったりするような試練が待ち受けている。
今夜だけでも、安心して眠ってほしかった。
リビングを通り抜け、雅人さんの部屋の前へ来た。
ゆっくりと、小さな音でノックする。
「どうぞ」
雅人さんはまだ、眠っていなかった。
「失礼します」
この部屋へ夜になって入るのは、手酷く拒絶された新婚初夜以来だった。
あの日と同じように、雅人さんは自分のベッドへ腰かけ、私を見ている。
これ以上拒絶されるのが怖くて、今回は自分から申し出た。
「あの、ご迷惑をおかけしますが、毛布一枚とクッションを貸してください。私は床で寝……」
「ここへおいで、結子」
「え?」
彼がここ、と言ったのは、自分が座る隣、つまりベッドだった。
「新婚の奥さんを床で寝かせて、俺だけがベッドを使うなんてこと、できる訳がない」